極氷御曹司の燃える愛で氷の女王は熱く溶ける~冷え切った契約結婚だったはずですが~

 彼は私の背後を見て小さく叫び、目を見開いていた。
 なにかと振り向けば、ラウンジの先にあるロビーを、一組のカップルが腕を組み幸せそうに歩いていくところだった。
 年齢は私や吉岡と同じくらいだろう。

「どうしたの、吉岡」
「……妻です」

 その言葉に、さすがに涙も引っ込んだ。

「妻?」
「はい……」

 吉岡はがくりと肩を落とし、悲しげに訥々と語った。

「半年ほど前から、別居しているんです。ほかに好きな人ができたと、そう言われて」
「そうだったの」

 それで落ち込んでいたり、悩んでいたりしたのか。

「僕は妻に未練があって、どうしても離婚したくなくて、ここまでずるずると来てしまったのですが」
「吉岡くん」

 私は少し眉を下げ、テーブルの上にあった彼の手をぽん、と叩く。

「私の放蕩な兄のことは知っているわね」
「はい……」
「不倫するような人はね、治らないわ。ここで復縁しても、きっとまた同じことを繰り返す」

 胸の奥が痛んだ。
 宗之さんだって、これからあの溌溂とした女性と切れたとしても、また新たな女性と出会うだろう。
 私とは契約で縛られた仮面夫婦なのだから、厳密には不倫とは違うのかもしれないけれど。

「わかっています、社長がおしゃりたいことは……」

 吉岡の声に胸が痛みつつ、はっきりと言ったほうが彼のためになると腹を決めた。

「離婚したほうがお互いのためにいいのよ」

 そう口に出した瞬間だった。

 バン! とテーブルに誰かが手をついた。
 見上げた先にあったのは、冷え切った冬の空みたいな顔をした宗之さんだった。目だけがひどく熱い。
 怒っているのだと、ひとめでわかった。

「む、宗之さん?」

 彼は戸惑った私の手を取り、ソファから立たせ、私を抱き寄せる。そうして「離婚はしない」と言い放った。

「え?」

 ぽかんとしていると、宗之さんは淡々と口を開いた。相変わらず、瞳だけを滾らせながら――。

「君がこの男とどういう関係なのかは知らない。だが、俺は君を手放すつもりはない」

 私はようやく、彼が大きな勘違いをしているのだと気が付いた。
 どうしてこんなに怒っているのかはわからないけれど、彼の経営者としての立場的にも離婚はまずいのだろう。
 私は彼の伴侶でいられる。
 自嘲と安堵が入り混じるなか、誤解を解かなくてはと彼を見上げた。
「違うんです」と首を振り口を開きかけ、すぐに目を瞠った。
 宗之さんはぎゅうっと眉を寄せていた。
 まるでつらいことに耐える子供みたいだと思った。

「三花。俺は」

 私は呆然と彼の整ったかんばせを見つめ続ける。

「俺は、君を愛している」
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