極氷御曹司の燃える愛で氷の女王は熱く溶ける~冷え切った契約結婚だったはずですが~
四章(宗之視点)
【四章】
秋。
まだ暑いと思っていたら、気が付くと街路樹の銀杏が色づいていた。
俺が運転する車の助手席に座る三花は、なにを考えているのだろう。
さりげなく目をやるけれど、表情から感情は読み取れない。
いつにもまして氷が分厚い気がする。
緊張しているのか? 一体どうして。
「俺の運転は不安か? 無事故無違反だからそう下手ではないはずだ」
そう話しかけると、三花は「え」とこちらを見て、それからふっと肩の力を抜いた。
「宗之さんの運転が不安というわけではないです」
「そうか」
「ええ」
――都内にある、紹介制のアンティークショップへ向かう道すがら、俺と彼女が話したのはたったこれだけだった。
少し前から俺の中に生まれた「三花のいろいろな表情を見てみたい」という強い感情。
そのため、いくつか伝手を頼って見つけたのがそのアンティークショップだった。
気に入ってくれるといいのだけれど。
緊張や不安というものは俺にとって極めて珍しい感情だ。
そのためやけにそわそわしてしまう。
そうでもない反応だったら、俺はきっとがっかりするのだろうな。
そう思い、運転しながら苦笑した。「がっかり」だなんて感情が俺の中にあったんだなあ。
けれど俺の不安は杞憂に終わった。
「わあ……」
アンティークショップに入るなり、三花は目を輝かせ感嘆の声を上げる。
店内を見回す彼女の、普段氷に閉ざされた湖のような瞳が、雪解けしたみたいにキラキラと輝いている。
俺はそんな彼女をみると、不思議なほど心臓が騒めいて、彼女を強く抱きしめたくなる。
艶やかな黒髪に頬を寄せ、柳腰を引き寄せて、華奢な体を俺のなかにすっかり閉じ込めてしまいたくなるのだ。
三花が店内を見て回るのを、壁際のソファに座りじっと眺めた。
いくら見ても見飽きない。
表情はあまり変わらないよう努めているようだが、その瞳は少女のように興味津々に煌めいている。
「可愛らしいくま」
三花は柔らかな口調でそう言って、三十センチほどのアンティーク・ティディベアを抱き上げた。
蜂蜜色の熊には赤いリボンが巻かれている。
三花の背後には、小さな採光窓があった。
秋の陽が差し込んでいる。
店内のオレンジの間接照明が、彼女を幻想的に見せていた。
「綺麗だ」
俺以外に聞こえない、小さな声でそう呟く。
綺麗な三花が、優しい瞳でティディベアを抱いている。
ふと、イメージした。
彼女が赤ん坊を抱いているところを。
同じように、いやもっと優しい瞳をするのだろう。
ぎしっと胸の奥が軋む。
ありえない未来だ。
彼女は子供を欲しがっていないのだ。
そう契約した。
それを尊重するべきなのに、俺は彼女との未来を夢想し始めてしまっていた。
別に、子供の有無は問題ではなくて。
ただ、夫婦として、慈しみあう家族として過ごしてみたいと、そう思った。
店の会計は、遠慮する三花を説得しすべて俺が購入した。
その際、こっそりとあのティディベアを荷物に入れてもらった。いつか渡せたらいいなんて、そう思ったのだ。
銀杏が黄色をさらに深めたころ、俺は三花ともっと距離を詰めたいと思うようになっていた。
土産を渡すと頬を緩めるところ、一緒にコーヒーを飲むと少しリラックスしている様子が垣間見えるところ、サンルームで庭を見て目を細めているところ、人形を優しく撫でているところ。
そのすべてが好ましく素敵なものに感じられた。
「谷垣。俺はなんて可愛らしい人と結婚したんだろうな」
俺は執務室で、眼下の街路樹を眺めながらつぶやいた。
昨日、揃いのティーカップをプレゼントしたところ、思った以上に反応がよかった……というか、明確に三花が照れているのがわかった。
俺もだらしなく眉を下げて笑ってしまいそうで、必死で我慢した。
おそらく三花はそんな、自分を律することのできない男は好きではないだろう。