極氷御曹司の燃える愛で氷の女王は熱く溶ける~冷え切った契約結婚だったはずですが~

 なんで俺は赤ワインを買ったのだろう。
 別に、今日じゃなくてよかった。
 サンルームに向かうと、オイルヒーターでほんのり温かい。
 三花がいつもの白いソファに座り、マグカップにたっぷり淹れたチャイを飲んでいた。
 猫足のテーブルの上には、小さな人形。

「これは?」
「おかえりなさい。雪の女王です」

 三花はちらっと俺を見て言う。
 おかえり、の四文字がやけに愛おしい。

 暖かそうなルームウェアの彼女は、それを俺に見られることを嫌がってはいないように見えた。
 部屋着で俺の前にいることすら拒否していた夏の終わり頃とは、ずいぶん違う。
 気を許し始めてくれている。
 猫のように?
 甘えん坊、という言葉を思い返し、彼女を抱き上げ自分の膝の上に乗せたくなった。
 俺に甘えてくれたら、どんなに可愛らしいだろう。
 肩のあたりに顔を預け、少し上目遣いに俺を見上げて笑うのだ。

「宗之さん?」

 現実の彼女の声にはっと顔を上げた。

「珍しいですね。酔っているのですか」

 その瞳は、気を許し始めてくれているといっても、まだまだクールなもの。
 甘えてほしいという欲求で微かに息苦しいほど。
 こっそりと息を吐いた。

「いや。そうじゃない……ああ、これ、土産だ」

 俺はテーブルにワインの入った紙袋を置き、それから気が付く。
 そうか、俺は三花がかつて “ワイン派” だと言ったから……だから、美味しいワインを呑んで三花にも呑ませてやりたくなったのだ。
 その事実に呆然としてしまう。
 俺の視線の先で、三花の唇の端がわずかに綻んだ。
 雪解けのように、花のつぼみが緩むように。

「ありがとうございます」
「いま、呑むか」

 三花は少し迷ってから、小さくうなずいた。
 俺は自室で部屋着である薄手のセーターに着替えてから、キッチンの食器棚からワイングラスを見繕い、彼女のもとに向かう。
 栓を抜き、グラスに注いで彼女に渡す。

「ありがとうございます」

 その声に小さな喜びや、ほんのわずかかもしれないが甘えのような雰囲気を感じて、心臓が鷲掴みにされた気分になる。
 三花の表情はあまり動かない。
 けれどその隙間に、氷の仮面の向こう側に、俺への感情が入り混じっていないか、俺は必死に目をこらしている。
 甘えたいと思ってほしい。
 俺は死ぬほど君を甘やかしたい。
 自分の感情が自分のものじゃないみたいだ。冷静さなんてかけらもない――恋、なのか?
 確信はない。したことがないから。
 向かい合って座り、グラスを傾けた。

「おいしい」

 三花の声に知らず、頬が緩む。
 じっと彼女を見ていると、三花は「あ」と目線をサンルームの天井に向ける。
 天井もガラス張りだ。

「今日の月、綺麗なんですよ」

 俺も見上げる。
 さっき月は見たけれど、三花がそれを俺に教えてくれたことがうれしかった。

 彼女も素敵なものを俺と共有したく思ってくれたことが、とてもとても得難く幸福なことに思えたのだった。
< 51 / 89 >

この作品をシェア

pagetop