極氷御曹司の燃える愛で氷の女王は熱く溶ける~冷え切った契約結婚だったはずですが~
◇◇◇

 師匠と銀座に出掛けたのは、銀杏がすっかり散った晩秋のころだ。

「いやあ、すっかり買い物に付き合わせてしまって申し訳ないね。その上、松葉づえ代わりまで」

 師匠は買い物の途中、足が痛み歩けなくなってしまったのだ。
 顔に全く出ておらず、師匠の限界まで気がつけなかった。
 気合で肉体を凌駕しようとする師匠の精神は健在だ。

「もう少し若ければ、これくらいなんともないのになあ!」

 車を降りて数分、俺を松葉づえ代わりにしている師匠がやけに溌溂と笑う。

「師匠はもう少し、ご自分の身体をいたわってください」

 さすがに眉を下げ、苦笑しながら続けた。
 なにしろ情緒面での親代わりだった人なので、つい表情が緩む。

「義之さんとの待ち合わせはどちらですか」
「ああ、あそこだ。アフタヌーンティーをするとか言っていたね」

 師匠の視線の先は、つい先日に三花と行ったアフタヌーンティーのカフェだ。

「ここの店、妻と来たことがあります。おいしかったですよ」
「そうか、それは楽しみだ」

 入店するやいなや、義之さんがすっ飛んできた。

「桜子、また無理をしたのか」
「義之さん、申し訳ありません。師匠の異変に気が付かず」
「宗之くんが謝ることはないよ。わたしがやりすぎたのさ」

 二つ三つ会話をしたあと、ふたりに挨拶をして店を出る。
 このまま、三花へのクリスマスプレゼントを探しにいく予定だった。



 帰宅すると、三花から時計を贈られた。
 俺がどれだけ浮かれたか、彼女は知らないだろう。
 なのに、その日から薄くなりかけていた三花の氷が再び厚くなったように思う。



 俺の実家主催のパーティーで、それは浮彫になった。
 いたしかたなく、仲睦まじく見せるためだけに氷の仮面に彫り付けられた笑顔。
 胸がさけるようにつらい。

 そして三花が実家でどう扱われてきたかの片鱗にまた触れて、俺は三花を守りたいという気持ちをまた強くした。
 酔った知人からの安い挑発に乗ってしまったのは、それらの出来事のせいだろう。
 三花のこととなると冷静さのかけらもない。
 騎士のように膝をついて三花の手を取る。

 俺の、氷の女王。
 俺を見てほしい。その一心で見つめる彼女の瞳が、微かに揺らぐ。
 俺を拒否しているわけじゃない、とわかる。

 じゃあなんで、また氷を厚くするんだ。引き離すんだ。距離を取ろうとするんだ?
 俺を見てくれ。
 君を見せてくれ。俺は信頼するに足りない人間なのか。
 こんなに感情が揺さぶられるのは初めてで戸惑う。

 “契約結婚”なんかにしなければよかった。
 普通に夫婦として歩み寄ろうと提案すればよかった。
 婚約期間中も、たくさん二人で会う機会を作ればよかった。

 もしそうしていたら、君は今頃俺に少しくらいは笑ってくれていたんじゃないか。
 心を開いてくれていたんじゃないか。
 そんな “たら” と “れば” を何度も繰り返す。


 人生で初めて、俺は自分の決断を後悔していた。
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