極氷御曹司の燃える愛で氷の女王は熱く溶ける~冷え切った契約結婚だったはずですが~

「……そうだったのか」

 俺はさっきと同じカフェで三花と向かい合い、眉を下げて苦笑した。
 まさか、そんな勘違いだったとは。
 なにしろ騒ぎを聞きつけた支配人にまで謝罪されてしまった。

「吉岡さんにもよく伝えてくれ。本当にすまない」

 さっきまでの苛烈な感情はまだ燻っていたけれど、なにより三花が俺から離れたいわけではないと知って安堵した。

「いえ」

 三花は困惑をその美しいかんばせに浮かべ、一瞬考えるそぶりをしたあと、きゅっと唇を引き結んだ。

「どうした?」
「こ……混乱しています。なにがなんだか、で。その」

 こんなにしどろもどろな三花は初めて見た。
 俺はエスカレーターから三花を見かけたことを説明してから、姿勢を正し彼女を見つめる。

「君が花束を受け取って泣いているように見えたんだ。それで……本当に自分でも思考が飛躍しすぎていると思うんだが、プロポーズでもされているのかと」
「へ?」

 三花がきょとんと俺を見る。俺は眉を下げ、目を逸らした。

「笑ってくれ。自分でもどうかしていたよ」
「あ、いえ……」

 三花は目を丸くして俺をまじまじと見ている。
 その瞳は少し柔らかいものに見えて少しほっとする。そうしてそのまま口を動かした。
 どうせもう『愛している』の言葉は聞かれているし、三花も本意が聞きたくて歯切れが悪いのだろう。
 ごまかそうとは思わなかった。
 まあ、あれだけ明瞭に聞かれてしまっていてはごまかしたとしても効果はなさそうだ。
 出された紅茶で唇を湿らせ、口を開く。

「自分でもどうかして……と言ったけれど、それほど我を忘れて」

 俺は一拍置いて言葉を続けた。

「そうして初めて、ようやく気が付いた。俺は君を愛しているって」

 ひゅ、と三花が息を呑んだ。
 瞬間に心が凍り付く。
 彼女の拒否を想像した。
 冷たい湖のような瞳で、そんなものは契約にないと言われることを連想した。

 けれど実際は違った。
 俺の眼前で、三花の瞳は揺らいでいた。明らかに、なんらかの感情がそこに揺蕩っている。

「そう、ですか」

 三花の声は震えていた。嫌悪でもない、拒否でもない。
 ただ悲しそうで寂しそうだった。なにか我慢して耐えている声だった。
 俺は席を立ち、彼女の横に立つ。心臓が高鳴って、耳がぐわんぐわんうるさい。
 ここまで感情が高ぶるのが初めてで、そんな身体の反応に戸惑った。
 彼女の手を取り、そっと指先を包む。

「俺の気持ちを受けいれてくれないか」
「宗之さん、それは」

 俺は三花の言葉を遮る。

「無理強いはしない。だが、まずは契約の撤回を考えてくれ」
「撤回?」
「婚前契約書。俺は君を愛してしまったから、あんな文書の通りにはもうふるまえない」
「む、宗之さん」

 三花の頬が真っ赤になる。それを見て俺の胸がどれほど躍ったか。

「愛してる三花」

 俺は彼女の手を放し、代わりにそのつややかな髪の毛をひとふさ、掬う。

「俺に落ちてくれ」

 三花は身体をこわばらせ、可愛らしい少し薄い耳朶を真っ赤にして目線を俯かせていた。
 表情だけは冷静さを装おうとしているのがいじらしい。
 ふ、と笑う。強烈な愛おしさで胸の奥が苦しい。
 まさかこの俺が、こんなに誰かを愛おしく思う日が来るなんて。



 三花の会社まで、車で送り届ける。
 助手席でおとなしくしていた三花は、会社の前で車を止めた俺に思い切った様子で「あの」と口を開いた。

「あの、でも、宗之さんは、ほかに……好きな人が、いらっしゃる……んじゃ」
「どうしてそんな勘違いを? まさか、俺には君だけだ」
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