極氷御曹司の燃える愛で氷の女王は熱く溶ける~冷え切った契約結婚だったはずですが~
五章

【五章】

 もし宗之さんがあの溌溂とした女性と付き合っていたとして。
 ――私のことを「愛している」というからには、きっとあの女性とは別れたのだろうと思う。
 宗之さんが二股するような人ではないことくらいは、もうわかっていた。
 だとすれば、私はあの日向みたいな人を日陰者にして、さらには彼を完璧に奪った。
 ずしんと胸が重くなるのに、彼といられる事実が嬉しくて、そんな自分が情けなくて。
 はっきりしないのももどかしい。

 そう、さっさと聞けばいいのだ。

 あの溌溂とした女性はあなたのなんなのと、いつもの私のように表情を氷のように凍らせて尋ねればいい。
 答えをごまかすような人じゃない、すっきり端的に答えてくれるはずだ。
 たとえ『付き合っていた。恋人だ』という返答であろうとも。

「……でも、まだわからないわ。本当にあの人が宗之さんの恋人だったかなんて」

 私の声が自室の浴室に響く。
 お湯には薔薇の香りのバスソルトをたっぷりと入れていた。
 ここ最近の宗之さんの変化に心が騒めいてときめいて追いつかず、気分転換しようとしたのだった。

「でも、なんでもないことのように答えられたら……どうしたら……」

 私は薔薇の香りを吸い込みながら目を閉じる。

『ああ、もう別れたから心配するな』

なんてサラっと言われたら、そんな最低なことを私に向けるようになった笑顔で伝えられたら――私の父や兄のように最低な男なのだと、男はみな同じなのだと、そうまざまざと突きつけられたら。

 恐ろしいのは、それでも私は彼を嫌いになれないと分かっているからだ。
 ……宗之さんといると幸せで、満たされて、そして触れられると信じられないほどにときめいた。
 そんな自分が悲しい。
 目を開き、自分の唇に触れる。とたんにぽっと頬がひどく熱くなった。心臓が苦しい。

「ああ……」

 私は呟く。
 もうすっかりわかっていた。
 ずっとわかっていた。認めたくなかっただけで……私は彼を愛しているんだわ。
 でも自分の浅ましさを自覚したいま、この想いを簡単に伝えられないと思う。
 自分がひどく汚い人間になったような気がして、他人の幸福を足蹴にして幸せになろうとしているような、そんな気がして。
 私もただの女なのだ。

 氷のように潔癖に清廉でいたかった。
 でもダメだった。
 恋に塗れると人は綺麗でいられない。
 現実をまざまざと見せつけられた。

 お風呂上り、ぬるめのルイボスティーをグラスに注ぎサンルームに向かう。
 濡髪は軽くまとめていた。
 オイルヒーターを入れ、ソファに座ってぼうっとする。
 空にくっきりと浮かぶ薄い月の上に、金星がきらりと輝いている。

「ばかだわ、私」

 ぽつりと呟いた。用事もないのにここに来るのは、いまや宗之さんに会いたいからなのだった。
 ここにいたら、帰宅した彼が顔を出してくれるから。
 私が私じゃないみたい。
 そして、待っているのは会いたいからだけじゃない。

「はあ……」

 ため息をつく。唇に触れて目を閉じた。
 私は彼に触れられたいのだ。

「なんて滑稽なんでしょう」

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