極氷御曹司の燃える愛で氷の女王は熱く溶ける~冷え切った契約結婚だったはずですが~
つぶやいて、ルイボスティーを飲み干した。
「ただいま」
お風呂から上がって、そう時間は経っていなかったはずだ。
私はのろのろと顔を上げる。
スーツ姿の彼を見て心臓が跳ねた。
端正なまなざしはどこまでも美しい。
その男性らしい手首には変わらず私からの時計があった。
「おかえりなさい」
声が震えていないかしら。表情は常のものを保てているかしら。
どきどきしながら宗之さんを見上げると、彼は優しく眉を下げ私に向かって微笑みを見せる。
「いい匂いだな」
そう言って私の髪に触れ、唇を落とす。
まだ濡れていた髪はひんやりとしていると思う。
「風邪をひくぞ」
「大丈夫ですよ」
「乾かしてやろうか」
思いもよらぬ言葉に目を瞬く。
彼はいいことを考えたと言わんばかりに目を細め「少し待っていろ」とサンルームを出ていく。
私は少女のようにどきどきしながら彼を待つ。
ああ、私はどうしてしまったのだろう。
理性と感情と行動が全部ばらばらで、自分でも自分がわからない。
ややあって戻ってきた宗之さんは部屋着に着替えていた。
相変わらず映画俳優のように決まって見える。
彼は私の頭を撫で、また優しく笑い、そっと私を抱き上げた。
私は抵抗しない。本来ならばそうするべきだ。わかっているのにできない。
彼は私を一階にあるパウダールームに運ぶ。
私も宗之さんも、自分の部屋の浴室を使うから、ここは一度も使ったことがない。
けれどハウスキーパーによってこまめに綺麗に磨かれていた。
その鏡に、宗之さんに抱き上げられた私が映る。思わず息を呑んだ。
隠しきれない感情が、はっきりと顔に浮かんでいる。嬉しいと、幸せだと言わんばかりに頬を赤らめ、目元を綻ばせていた。
「ああ」
私は自分の顔を覆う。宗之さんはおかしい。私のことをめちゃくちゃにしてしまう。
「どうした?」
柔らかな低い声が頭の上から降ってくる。
彼は私を抱き上げたまま、パウダールームの籐の椅子に座った。そうしてさらさらと髪を撫でる。
「恥ずかしいんです」
そう答えながら、どうして私は彼の前で感情を出すことが嫌じゃないのだろうと不思議に思う。
ダメなのに。感情を出してはいけないのに。出したところで、ろくなことはないはずなのに……
そろそろと手を顔の前から離す。鏡の中の宗之さんは、私が幸福そうにしているのがたまらなくうれしいようだった。
よくわからない。
私に求められてきたのは、感情を出さない氷のような娘という役割だったから。
なのに、宗之さんはそうじゃない私を求めている……?
鏡の中で宗之さんと目が合う。彼は目を細め私の頭に唇を寄せ、引き出しに手を伸ばした。
取り出したドライヤーで、彼は私の髪を乾かし始める。
その音でお互い会話がやむ。けれど彼の男性らしい指が、少し不慣れに私の髪を乾かすのがどうにも心地よく、いつしか眠ってしまいそうになる。彼の肩口に頭を預けると、信じられないくらいの安心感に包まれる。
どきどき息苦しいほどなのに、こうしていると居心地がいいのは……私、彼に甘えているの?
私が?
信じられない思いでいっぱいなのに、撫でるように髪の毛を乾かされると、うっとりとした眠気に抵抗できない。
「かわいいな」
ドライヤーの音がやむやいなや、彼はそう言ってウトウトしていた私を抱きしめた。
ハッと目を瞬くと、宗之さんは私の頬にキスをする。
「人の髪を乾かすのなんて初めてだ」
「……私も美容師以外にこうされたのは初めてでした」
そう答えると宗之さんは私の頭に頬を寄せ、目を細める。
「一緒に眠りたいな。だめだろうか」
「……でも」
「契約がある限り、手は出さないから心配するな」
私はどうしたいのだろう。あんな契約、破棄してしまいたいのだろうか。でもそれは私のあさましい恋心のせいだと思うと、とたんに答えは出なくなる。
誰かを傷つけて足蹴にした幸福は、本当の幸いなのだろうか。
溌溂とした女性の笑顔が瞼に浮かび、そのことを聞きたくなって、でもこれ以上自分の汚さに直面したくなくて、私はそっと首を振る。