極氷御曹司の燃える愛で氷の女王は熱く溶ける~冷え切った契約結婚だったはずですが~
呟いたとたん、スマホが着信を告げる。表示されていたのは、私の秘書の名前だった。
「はい」
『北里社長、おはようございます。車、到着しております』
「わかったわ。ありがとう」
私は立ち上がり、今日の予定を頭で確認する。会議がひとつ、イギリスに派遣しているスタッフとのウェブ会議がひとつ、それから……。
「ああ、そういえば今日はお見合いがあったわね」
住んでいるタワーマンションのエレベーターの鏡で前髪をチェックしながら呟いた。
すっかり忘れていたわ、あまりにも些事だから。
「おはようございます!」
エントランスに出ると、秘書の吉岡がいつも通りの朗らかな笑顔で待っている。人の良い同年代の男性で、気心の知れたいい部下だ。最近少しなにか悩んでいるようなのが気にかかるけれど、踏み込んでいいものかわからない。
「吉岡くん、おはよう。なにか報告は?」
歩きながら聞けば、響くように答えが返ってくる。
「スリランカから連絡がはいったのですが、今年のファーストフラッシュかなり出来がいいようで。早めにロンドンのほうに来てもらいと」
「わかったわ。予定は?」
自動ドアをふたつ経て、マンションの前に出る。植えられているプラタナスは春の日差しを浴びて新緑を思うがままに輝かせていた。
「来週開けてあります」
止められていたセダンのドアを開きながら吉岡が言い、私は乗り込みながら「そう、ありがとう」と微かに目を細めた。
後部座席のシートに身を沈め、軽く嘆息する。
──私が茶葉の輸入専門商社を立ち上げたのは五年前、まだ大学に在学しているときだった。
私は旧財閥系企業の創業者一族、北里本家の長女。
兄がいるとはいえ、誰からも当然関係企業に勤めいずれは経営に関わるだろうと思われていた。
それが嫌だった。
どうしても嫌だった。
きっと、父と兄への嫌悪感もあっただろう──母が死んですぐ恋人を作った父、その恋人にすら冷淡な父。そして不倫三昧の兄。いつだって冷酷な彼ら。男性はみなこうなのだろうか? ……少なくとも親戚を見ても私の身内の男性は、みな同じだ。
お金があればそれでいいのかと、問い詰めたくなる。