極氷御曹司の燃える愛で氷の女王は熱く溶ける~冷え切った契約結婚だったはずですが~
やがて車は市街地を抜け、五分ほど走って小高い丘の上に停車した。
「わあ……」
私は車の窓越しに、雪の積もった茶色い石造りの中世的なお城を見て目を瞬く。
ドイツ風なのだろうか。
「もともとは十五世紀ごろに建てられたものなんだ。何度か改修をして、いろいろな人の手を渡ってきたのだけれど、バブルのころに祖父がなにかのついでに買収したらしい」
宗之さんが淡々と説明してくれた。開かれた門扉を通り、車はポーチへと進む。
「お義祖父さまが?」
ああ、と宗之さんが返事をするのと、車が止まるのは同時だった。
すぐさまお城の扉が開かれ、中から執事服を着た男性が上品な所作で車のドアを開く。
冷気に軽く身体を揺らした。
宗之さんにエスコートされ車を降り、執事服の男性にもお礼を言った。
「綺麗なお城……」
つい感想を漏らしつつ、お城の中に足を踏み入れた。
室内は暖房が入っていて、とても暖かだ。
玄関ホールの天井には豪奢なシャンデリアがきらめいている。
裾の長いメイド服の女性に促されコートを預けると、一息ついた心地になった。冬用のワンピースと厚めのタイツ姿だ。
「祖父はこの城の引き継ぎ先を探していたのだけれど、この辺りはそう観光地と言うわけではないから、なかなか買い手がつかなかったようだ。俺も存在は知っていたんだが、思い出したのは君のアンティーク趣味を知ってからだ。祖父にかけあい買わせてもらった。気に入ってもらえるかと、改修なんかを急がせていたんだ。間に合ってよかった」
宗之さんがコートを脱ぎながらそう説明の続きをしてくれる。
私のためにこのお城を引き継いだ……というより、買い取ったという宗之さんの言葉に目を丸くする。
「わ、たしのため?」
「……趣味じゃなかったか?」
私はぶんぶんと首を振る。
「とんでもない。とっても素敵です。あの、天井のレリーフも天井画も、当時のものでしょうか」
「ああ。断熱や水回りなんかは最新のものになっているが、そのほかは当時の意匠を最大限に生かした改修になっているはずだ」
うなずきながら玄関ホールを見上げた。シャンデリアに照らされたアーチ形の天井には聖書の内容とおぼしき絵画が描かれている。青い服の女性は聖母マリアか。
……このお城、アンティークというより、もはや歴史的資料と言ってもいいかもしれない。
「君に贈りたい」
めちゃくちゃサラっと言われ、聞き逃すところだった。私は目線を宗之さんにうつし、「ん?」と首を傾げた。
「いま、なんと」
「この城は君へのプレゼントだ」
絶句して宗之さんを見つめる。彼ははにかんだようにその精悍なまなざしを和らげる。
「最初、君に猫の人形を贈っただろう?」
「はい。とってもかわいらしい、ペルシャ猫の」
「ああ。その時の君の笑顔があまりに魅力的すぎて、忘れられないんだ」
私はじっと彼を見返す。褒めてもらいたいとその端正なかんばせにしっかりと書いてある。
なんだか、耳やしっぽが見える気にさえなってきた。
このおっきなわんちゃんみたいに私を見ている彼は、本当にあの “極氷” なの?
「あの、でも、お城はさすがにいただけません」
「なぜ。君のものなのに」
心底不思議そうな彼と押し問答をしていると、さっきの執事服の男性と目があった。宗之さんも気が付いたようで、彼を紹介してくれた。やはり執事で間違いないようだ。
挨拶をしていると、スツールと温かそうなルームシューズが用意される。ありがたくブーツを脱ぎ、開放感で小さく息を吐いた。
『寝室にご案内いたします』
『ええ、ありがとう』
ドイツ語で答え、お城をプレゼントされるかはとりあえず置いておいて、寝室に向かう。
絨毯が敷き詰められた廊下は、ところどころに出窓があり、街並みを一望できた。
クリスマスマーケットの温かな光で、街は幻想的にぼんやりと浮かんで見える。
寝室は三階の奥にあった。
絨毯は落ち着きのある上品なブルー、家具はすべてアンティークで統一されていた。
天蓋のある大きなベッドは、シーツも布団もすべて白。レーシーで肌触りのよい素材が使われているようだ。
「かわいい……」
思わずつぶやく。まるで童話の世界の、お姫様の部屋。
『お疲れでしょうから、城内の案内はまた明日に。軽食はお持ちしますか?』
『俺はいい。三花は?』
私は寝室内のテーブルにドリンクセットを認め、首を振る。
『私も大丈夫です』
『かしこまりました。なにかあればすぐお知らせください』
そう朗らかに言って執事は部屋を出ていく。
私はぐるりと広い寝室を見渡した。
視線に気が付き、私は宗之さんを見上げにこっと笑う。
「とっても嬉しいです。ありがとうございます」
この部屋が、私のためだけにしつらえられたのがひとめで分かる。まあ、さすがに頂けないけれど!
「三花。まだ少し頑張れそうか? 疲れた?」
「え? いえ、大丈夫ですが」
そうか、と宗之さんは眉を下げ頬を緩める。
「休む前に、少し付き合ってほしい場所があるんだ」