極氷御曹司の燃える愛で氷の女王は熱く溶ける~冷え切った契約結婚だったはずですが~

 首を傾げつつも頷き、宗之さんに続いて寝室の奥にあった扉を開く。

「あら、キッチン」

 古めかしいお城の中にあるとは思えない、近代的なダイニングキッチンだ。
 床は大理石で、冷蔵庫やパントリーもある。ここだけ見ればマンションの一室とでも思ってしまいそう。
 どうやらこのお城、本当に別荘として改修しなおしたようだった。
 ……だからって「じゃあいただきます」とはなれない。なにしろ歴史のあるお城だ。

 さらに続く扉を開くと、今度はまた中世風の世界観に戻った。
 大きな出窓からは街の明かりがほのかに見えている。
 どうやら雪が降りだしたようで、ふわふわと雪片が窓の外を舞っていた。
 照明は最低限に落とされた洋室のなか、ひときわ目立つのは美しい彫刻が施されたマントルピースだ。
 暖炉では綺麗な火が赤々と燃えている。

「わあ……!」

 暖炉に近づくととても温かい。ぱちぱちと火のはぜる音が耳に心地よい。

「座ってくれ」

 どうやら目的地はここだったようで、私は暖炉の前の大きなソファにそっと腰かけた。足が温かい。
と、横になにかあるのに気が付き近づいた。くまのぬいぐるみ?

「あら、この子……」

 どこかで見たことがある、と考え、すぐに思い出した。秋ごろの宗之さんに連れていってもらった紹介制のアンティークショップのテディベアだ。かわいかったけれど、二十六歳にもなってぬいぐるみだなんて、と気後れしたのだった。

「こっそり買ってあったんだ。それを抱いていた君があまりにかわいらしかったから」

 私は目を瞬き、頬を緩めながらぬいぐるみを抱き上げた。抱き心地のいい、しっかりとしたつくりのアンティークのくまだ。
 あのときも、私のこと、ちゃんと見ていてくれたんだ。そう思うと、ほんのりと心臓のあたりが温かい。

「いいんでしょうか……」

 テディベアの顔を覗き込むと、ガラスボタンの瞳と目が合う。可愛らしくてそっと頭を撫でた。
 お店にいたときは首にリボンが巻いてあっただけだけれど、今はたっぷりとした真っ白でふわふわのケープを着せられている。

「ふふ、かわいい。お着換えさせてもらったのね」
「城を贈ったときよりうれしそうだ」
「お城は受け取っていませんからね」

 そう返しつつ、テディベアを抱きしめなおし宗之さんに向かって微笑む。

「この子、ありがとうございました。クリスマスプレゼントですよね。とってもうれしいです」
「よかった」

 宗之さんは横に座り、私をぬいぐるみごと抱きしめ、頭にキスを落としてくる。
 そのまま二人並んで暖炉の火を見つめた。ぱち、ぱち、と木がはぜる音が眠気を誘う。
 暖炉だけでなく、壁にヒーターが埋め込んであるらしく、外は雪だというのに寒さを全く感じない。
 ほかほかと心地の良い宗之さんの温かさに包まれ、いまにも瞼が落ちてしまいそうだった。

「気持ちがいい。寝てしまいそうです」
「寝てもいいが、少しだけ」

 彼は立ち上がり、部屋の壁際にある棚の前に立った。すぐに書類の束を手に戻ってくる。

「それは?」
「俺たちの婚前契約書」

 私は目を丸くして彼を見つめる。宗之さんはその書類を手に、暖炉の前に立つ。
 彼の端正な顔に、穏やかな炎が陰影をつけた。

「確認したい」

 宗之さんの声は相変わらず力強い。けれど今は微かに緊張を孕んでいるように思えた。
 私は居住まいを正し「はい」と頷く。宗之さんは微かに頬を緩めた。

「三花、俺は君のすべてがほしい。あますところなく、全部だ。代わりに俺の全部をやる。だから……」
「……宗之さん」
「だから、俺と結婚してくれ」

 私は立ち上がり、短い距離を駆けた。彼の逞しい身体にしがみつくようにして抱き着けば、涙が勝手にあふれていく。
 涙なんて感情を顕わにしたもの、以前の私なら絶対に流さなかった。でも彼と結婚してから、私の涙腺は変になってしまったみたい。

「そいつの首を確認してくれないか?」

 宗之さんが優しく言う。私は一瞬首を傾げ、すぐに抱いたままだったテディベアだと気が付く。

「首?」

 ふんわりとしたケープをめくると、可愛らしいベルベットの首輪をしているのに気が付いた。
 その首元に、きらきらとした輝きがあった。

「これ……」

 指先で触れ、すぐさま宗之さんを見上げた。彼は目を穏やかに細め、「今更だけれど」と私のこめかみにキスをする。

「婚約指輪だ。どうか受け取ってくれないか」

 私は彼の逞しい胸板に顔を埋め声を殺して泣く。幸福すぎて、あられもなくわあわあ泣きわめいてしまいそうだった。そして多分、そうしたところで、彼はそんな私をも受け入れてくれるのだ。
 どんな自分でも、受け入れてくれる人がいるという幸福は、きっと簡単に得られるものじゃない。こうして彼に出会えたのは、奇跡なのだと思う。

「愛してる、三花」

 彼は片腕で私を力強く抱きしめ、ほおずりをした。見上げると目が合う。
 触れるだけのキスのあと、彼は微笑みながら書類を炎にすべてくべる。炎が涙で滲んだ。
 私と彼があの日結んだ契約が、全て灰になって消えていく。

 かわりに、新しい約束を交わした。お互いをお互いに捧げる、そんな約束だ。
 願わくば、この約束が永遠のものになりますように。そう願いながら顔を上げると、彼は私の頬にキスを落とし、涙を拭ってくれた。
 優しく頬を撫でる体温にうっとりと目を細めると、宗之さんは「三花」と私を呼んだあと、目元をくすぐり顔を覗き込んでくる。

「もうひとつ、いいだろうか」
「なんですか?」
「君は子どもがほしい?」

 しばらくの間、見つめあう。嫌だと言えば、きっと彼は私にそれを強要しないという信頼があった。
 だから。
 そんなあなただから、私は好きになったのだろう。愛したのだろう。

「……私、もし授かれるのなら……あなたの子供を、産みたい」
「……ありがとう」

 宗之さんは私の頭にキスを落とし、私をお姫様のように抱き上げた。
 身体が揺れ、絨毯にルームシューズが落ちてしまう。けれど彼は構わず、私をそのままゆっくりとソファに横たえた。
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