極氷御曹司の燃える愛で氷の女王は熱く溶ける~冷え切った契約結婚だったはずですが~
六章
【六章】
ロンドンに向かったのは、予定通り十二月三十日だった。
時差は一時間なのであまり考慮しなくていい。
ただ、スイスもだけれどこの辺りは冬は十六時くらいには陽が沈むから、まだ十七時過ぎだというのにすっかり夜のフライトをしたような気分になっていた。
「夕食には早いか」
到着ゲートで、宗之さんは腕時計を見て言う。今日も彼は私からのプレゼントの腕時計を身に着けていた。それにときめきを感じつつ、首を傾げ窓の外を見やる。搭乗ゲートほど窓は大きくないけれど、ライトに照らされた白い飛行機がゆっくり動いているところが見えた。
「すっかり暗いから食べちゃってもいいかな。ホテルのレストランでもいいけれど」
「せっかくだから出るか」
「……ロンドンはホテルだよね?」
もうお城買ってないよね? チラっと彼を見上げると、不思議そうに目を瞬いた。
「城がよかったなら買ってやろうか」
「い、いらない、本当に」
大慌てで首を振ると、宗之さんはくっくっと楽しげに笑う。もう、からかっただけらしい。
……でも半分本気だったような。宗之さん、たぶん私とは資産の桁がかなり違うんじゃないかな。
それは、彼がひたすらに有能であることの証拠なのだけれど。
「さて、城はさておき。夕食は何がいい」
「宗之さんは?」
「俺はなんでも。ああそうだ、市内にうまいモダン・ブリティッシュのレストランがある」
モダン・ブリティッシュとは、伝統的なイギリス料理を現代風にアレンジしたものだ。
いろいろと言われがちなイギリス料理だけれど、これに関しては様々なヨーロッパの料理手法や食材を入れ込んでおり、日本人にも好評な店が多い。
その上で、好き嫌いは一切ないけれどかなり美食家な宗之さんが言うのだから、本当においしいお店で間違いないだろう。私はうなずき、彼の横に並ぶ。
「楽しみ。予約できるかな」
「実はしておいた」
最初からそこに連れて行く気だったらしい宗之さんがにやりと笑って、私は眉を下げて笑い、彼の腕をたたく。
「もう」
宗之さんはまじまじと私を見てから、ゆっくりと頬をゆるめた。
「うん、こういうのいいな。いちゃついている感じだ。……どうした三花、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてるぞ。かわいいな」
ちょん、と指先で頬をつつかれ、我に返った。
「あ、宗之さんの口から『いちゃつく』って単語が出たのにびっくりして……」
ほう、と宗之さんは私を見下ろし感心したような顔で腕を組む。私は「というか」と笑った。
「宗之さんそんな言葉も知ってたんだなあって、感心しちゃったんです」
さっきのお返しでからかうも、宗之さんは動じない。それどころか泰然と楽しげに頬を緩めさえする。
「そうか? さんざん君とはいちゃついていたはずなんだが」
「そ、それはそうだけど」
確かにここ数日、さんざんに甘やかされていた。思い返して頬が熱くなっている私を、宗之さんはいたずらっぽく笑ってみていた。
「なあに、にやにやして」
「いや。ただ、その言い方だと君のほうが“いちゃつく”をよく知っているんじゃないか」
「え? そ、そんなことは」
宗之さんは慌てる私の耳元に口をよせ、低くて甘い声で囁くように続けた。
「今日の夜、たっぷり“いちゃつく”がなんなのか教えてくれ」
もう身体が壊れてしまうんじゃ、というほどに甘く激しく抱かれて、寝たのだか意識をとばしたのだかわからないうちに朝が来た。
「ああ、もうすぐ美容師さんがいらっしゃるのに、髪もぼさぼさ」
私はベッドの上で軽く悲鳴を上げる。
昨夜、宗之さんが「かわいい、かわいい」なんて言ってさんざん撫でまわしたから……っ。
昼過ぎまで寝てしまっていた私を起こした宗之さんは、ベッドサイドにホットティーを置きにこりと余裕たっぷりに笑う。
アーリー・モーニング・ティーというイギリスの習慣にのっとってだろうけれど、残念ながらアーリーという時間ではない。
ただ、ミルクがたっぷり入ったイングリッシュ・ブレックファーストはとても美味しい。思わず「ほう」と息を吐く。
「ありがとう、すごくおいしい」
「よかった、紅茶派に宗旨替えしたかいがあった」
にこっと笑う宗之さんに、どうやら彼が紅茶の淹れ方を練習してくれていたのだと悟り、きゅんとして胸が「大好き」でいっぱいになった。
それにしたって、私より疲れているはずだと思うのに、彼からはまったくそんなそぶりを感じられなかった。相変わらず、朝から映画俳優のようにきちっとしている。
私が手櫛で寝癖をどうにかしようとしていると、宗之さんもティーカップに口をつけた。
「大丈夫だ、いまから髪を整えてもらうんだから」
「それでもちゃんとしておきたいの」
シャワーを浴びる時間くらいはありそうでホッと息をつきながら答えた。
「そういうものか」
ふうん、と私の顔を見ながら宗之さんは目を細め、私の頬をつんつんつつく。
「怒っている君もかわいいなあ。すごいよな、何をしたってかわいいんだから」
とても不思議そうに言われ、私はシーツで顔を隠した。かわいいの連呼に、まだまだ慣れそうにない。