極氷御曹司の燃える愛で氷の女王は熱く溶ける~冷え切った契約結婚だったはずですが~
ホテル内の美容室に、アジア系の美容師に来てもらうことになっていた。
アジア系のストレートで癖のない髪質に慣れている人のほうが任せやすいからだ。
ブルーのイブニングドレスに着替え、ヘアメイクを終わらせたあたりで、タキシード姿の宗之さんが迎えに来た。背も高いし身体も厚いため、こういった服装が本当に堂に入っている。
「綺麗だ」
ヘアメイクしてもらった個室……といっても大人が数人入っても差し支えない広さの部屋に入るやいなや、宗之さんはそう言って私を取り甲に唇をそっと押し付ける。美容師が「きゃあ」と黄色い声を上げた。
『新婚だとは聞いていたのですが、ほんとうにお熱いですね』
そうからかわれ、せっかくメイクした顔を両手で覆いたくなる。崩れるからしないけれど……!
大きな鏡には、真っ赤になった私が映っていた。思わず目を瞠る。だって、こんなに感情をあらわにして、恥ずかしそうにはにかんでいるだなんて信じられない。私の横で、宗之さんは端正なかんばせを綻ばせている。
鏡の彼から本物の彼に視線を移す。
「ん?」
不思議そうな宗之さんを見て、なんでもと微笑み返した。
だってあの“極氷”がこんなふうに頬を緩めているだなんて、日本で彼を知っている人が見たら卒倒してしまうかもしれない、なんて思う。
パーティーはロンドン郊外のとある貴族の邸宅が会場だった。イギリスにはいまも貴族制度が残っている。
到着したのは日の入りの午後四時ごろ。雪がちらついているイングリッシュガーデンはとてもきれいに整えられていて、春になれば薔薇が咲き乱れるのだろうなと考えた。
今回のパーティーは、宗之さんが持っている商社の取引先である英国の老舗百貨店が主催したもの。ホリデーシーズンをお祝いするごく身内の……という触れ込みだけれど、こういうのは日本でもイギリスでもフォーマルなものになると相場が決まっていた。邸宅の広間はイブニングドレスとタキシードであふれかえっていた。
『ううん、僕はいま幻覚を見ているのかな』
老舗デパートの経営者のひとりである男性が、私と宗之さんを見るなり目を丸くする。
『どうしました?』
『いや、寒河江社長がそんな柔らかな表情をされているのを初めて見たのでね』
『妻の前だけですよ』
『へえ!』
男性はさらに大げさに目を丸くして、それから笑った。
『天下の寒河江宗之をここまで骨抜きにするだなんて、あなたはとてつもない偉業をなしとげていますよ』
海外らしいやや大げさなジョークに笑うと、男性はまじまじと私を見つめ『いやあ、しかし』と肩をすくめた。
『これほど美しい女性だ、寒河江社長の気持ちもわかる』
『妻が綺麗なのは同意しますが、彼女はそれ以上に内面が美しく気高いのですよ』
宗之さんは軽く微笑みながら照れ一つ浮かべすそんなことを言い切る。代わりのように私はすっかり照れて、彼の横でひとり頬を熱くするはめになった。
『ははは。これはやられました。……ああ、もう行かなくては。どうぞごゆっくり、レディ』
男性は私たちに笑顔を振りまいてから広間を歩いていく。
「宗之さん、照れちゃうからやめない?」
「なにが?」
「人前で私を褒めるの。……宗之さんの代わりに私が照れちゃってる」
「なぜ。俺は本心しか言っていないから照れるもなにもない」
はっきり言いきって、宗之さんは胸を張る。私は妙な高揚感で胸がむずがゆい。
内面も綺麗だって、そんなふうに思ってくれていたんだ。私のどこがそうなのかは、よくわからないけれど……そう言ってくれたことが、とても嬉しい。
『あら、ミツカ。久しぶりね』
『え、キャシー? 来ていたのね』
懐かしい顔に出会い、目を瞬く。キャシーは微笑み、私の肩を軽く抱きすぐに離れる。
『もう少し連絡をくれてもいいじゃない』
ごめんなさい、と苦笑してから宗之さんに彼女を紹介する。
「宗之さん、彼女、私がこちらに留学していたときの同級生」
「そうなのか」
Pleased to meet you、と微笑む宗之さんにキャシーは「ワオ」と目を瞬く。
『結婚したのはお知らせをいただいていたけれど、こんなに素敵な旦那様だとは聞いていなかったわ』
『あはは、ありがとう』
笑ってしまった私に、キャシーは優しく目を細める。
『ミツカの笑顔もとっても柔らかくなったわ』
『そ……そうかしら』
照れる私を、キャシーは「もう少し話さない?」と誘ってくる。
『なれそめなんかも聞いてみたいわ!』
『でも……』
「行って来たらいい。俺も少し挨拶回りをしてくる」
私は彼を見上げ、それから周囲を見渡しこっそりと苦笑した。挨拶回りというか、周囲の人たちが宗之さんに挨拶をしたがっているというか。