極氷御曹司の燃える愛で氷の女王は熱く溶ける~冷え切った契約結婚だったはずですが~

『サイラス! それはあなたの勘違いだって、わたしたち何回も忠告したでしょう』

 キャシーが声を荒げた。目を瞬く私に、キャシーは説明してくれる。

『あなたが帰国してすぐ、サイラスが恋人に振られたって大騒ぎだったの。聞き出してみればあなたと付き合っていたと勘違いしていたのよ』
『どうしてそんな勘違いを? サイラス』

 サイラスを見上げ尋ねると、彼は驚愕をその造形だけは整った顔に浮かべる。

『ミツカ……? だって僕たち、よく一緒にランチしたじゃないか。それにふたりででかけたこともあるし、僕の前でだけ、ちょっとだけ、感情的になっていた。氷みたいに感情も表情も動かなかった君が、僕の前でだけ!』
『それは……出かけた、ってフィールドワークのこと?』

 感情的に、というのは彼が父と兄に似すぎていてつい出した苛つきのことだろうか。

『すぐにニッポンに迎えに行こうと思っていたんだ……ただ、君が起業したって聞いて、僕もふさわしい男にならないとって、会社を作って。でもうまくいかなかった』

 サイラスはどろっとした瞳のまま笑う。

『でも、ようやくわかった。ムネユキ・サムガエは君を手に入れるために、僕の会社の邪魔をしたんだ。そのせいで潰れたんだ、まったくフェアじゃない。サムガエは汚い男だ』

 サイラスは髪の毛に手を突っ込み、ぐちゃぐちゃにかきまぜる。

『そうじゃなきゃ、僕が、この僕が失敗するなんてありえない。そうだろ?』

 私は小さく息を呑み、それからキッとサイラスを睨み上げた。

『サイラス、いくつか教えてあげる』
『なんだい』
『日本に貴族制度は残っていないの。財閥だってね』

 何が言いたいのか、という顔のサイモンに、さらに続けた。

『それから私があなたに向けていた感情は、蔑みよ』
『え……』

 呆然としたサイラスを、さらに強くねめつける。

『もうひとつ。私の夫は正々堂々とした高潔な男なの。あなたは違う』
『……は?』

『あなたと違って“いい男”だって意味よ、サイラス』

 サイモンの顔色が、みるみるうちにどす黒くなる。

『君は……ミツカ、騙されているんだ、ミツカ』
『いい加減にしてサイラ……きゃあっ』

 サイラスが私の手首をつかむ。あまりに強い力でつかまれ、つい悲鳴を上げた。

『ミツカ!』

 キャシーが慌てて私とサイラスの間に入ろうとした瞬間だった。

『俺の妻から手を離せ』

 地を這うような声がしたかと思うと、サイラスの手首を大きな手がつかむ。サイラスはうめき声をあげ、私から手を離した。

『ぐ……っ。ムネユキ・サムガエ』

 サイラスが手首をさすりながら見上げているのは、凍り付きそうなほど冷たい瞳で彼を見下ろす宗之さんだった。その目はとても冷たいのに、ぐらぐらと怒りが煮えたぎっているのが手に取るようにわかる。

「宗之さん」
「すまない三花、遅くなった」

 冷たい怒りのなかに、確かに私への労りがある声に、ほっと心がゆるむ。そっと抱き寄せられ、彼の逞しい胸板に頭を預けた。

『サムガエ……! 僕の会社をつぶしただけでなく、ミツカまで奪うだなんて、卑怯だ!』
『……さっきから軽々に俺の名前を呼んでいるが』

 宗之さんが酷薄に笑う。見上げた私の背中までゾクッとしてしまう、瞳だけがぎらりと光る笑い方。

『お前は一体誰なんだ?』

 一切の感情も興味も関心も含まれていない冷たい声。
 自分が絶対的強者だと理解している人間だけが持つ声の色。

 私は最初から大切にされていたのだと、遅まきながら理解した。
 だって彼は見合いのときからこんな声をすることも絶対零度の瞳で私を見ることもなかったもの……。
 彼は “極氷” なのだ。敵とみなせば一切容赦しない、尊大で高潔な氷のような人。

『う……あ……』

 サイラスが言葉を失っていると、遠巻きにこちらを見ていた人の壁から、六十代くらいの男性が飛び出てきた。

『サ、サイラス! 一体お前、サムガエ社長ご夫妻になにをっ』
『パパ。だって僕』
『だってじゃない……! ミスターサムガエ、この度は愚息がとんだ失礼を』

 弱り切った顔で私たちに謝罪したのはサイラスの父親のようだった。平謝りしながらサイラスを引きずっていく。

「三花。出よう」

 そう言われ首を傾げた。

「宗之さん。でもまだお仕事が……」
「もう仕事納めだ」

 そう言い放ち、私をひょいと抱き上げた。

「きゃあ、宗之さん?」
「震えている妻を放置して仕事に励めるほど、俺は冷静な男じゃない」

 そう言ってホールを堂々と歩き出す。途中で何人かに話しかけられたけれど、『妻が優先なんだ』と話をまとめ、ホールを出る。玄関ホールでコートを受け取ると私に羽織らせ、またすぐに抱き上げられた。その時になってようやく、私は自分が震えていたのだと知った。

 そのまま車に乗り込み、彼はホテルではない場所を運転手に告げる。

「宗之さん?」
「城じゃないから心配するな」

 柔らかな視線と甘い声で冗談っぽく言われ、私も自然と微笑みを返す。
 彼といると安心する。心がとても温かくなる……。
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