極氷御曹司の燃える愛で氷の女王は熱く溶ける~冷え切った契約結婚だったはずですが~

「違う」

 彼は呼吸をワンテンポおいたあと、続けた。

「……怖かった」
「え?」
「君に危害が加えられるのではと、頭に血が上った。あんなのは初めてだ。君は俺の感情をいつもぐちゃぐちゃにする」

 私は彼の広い背中に手を回し、きゅっと抱き着く。
 我慢してくれていたのね。私が不安がるといけないから……。

「大丈夫だった。あなたがすぐに来てくれたから」
「君を守ると誓ったのに、怖がらせてしまった。すまない」

 宗之さんがそう言って私の顔を覗き込む。いつも精悍なまなざしが、つらそうに歪んでいる。この人は、私の痛みを自分のことのように……いえ、それ以上につらく思ってくれる人なんだわ。
 胸がいっぱいになる。息苦しいほど、切なくてうれしい。
私は思い切って背伸びをして、彼の唇に自分からキスをした。

「三花?」
「大好き、宗之さん。守ってくれてありがとう」

 宗之さんはそのまま私を強く抱きしめなおす。彼の温かで逞しい腕のなかにいると、私はとても安心する。彼のそばにいれば大丈夫だと、強く思う。
 がばりと抱きかかえられ、そのまま彼は屋敷の奥に向かう。シッティングルームにしつらえられていた大きなカウチソファにそっと私を横たえ、私を膝でまたぐように横たえた。

「愛してる、三花」

 そう言いながら彼は私を見下ろし、ジャケットを剝ぐように脱ぎ去る。壮絶な色気に頭の芯からくらくらした。
 彼から求められているのがうれしくて、高揚して、微笑みながら彼に手を伸ばす。





 目を覚ますとベッドの中だった。どう着せたものか、素肌に着心地のよいシルクのパジャマを身に着けていた。

「おはよう」

 私を抱きしめていた宗之さんが微笑む。
 まだ早いようで、窓の外は薄暗いようだった。布団のなかもぞっと動くと、額をよしよしと撫でられ、キスを落とされる。

「まだ寝ておくか?」
「ううん、もう起きる」
「紅茶を淹れてきてやる」

 宗之さんは穏やかに言い、起き上がった。
 私は広いベッドの上をころころと転がる。
 温かなミルクティーを持ってきてくれた宗之さんは、私にティーカップを渡してから「あ」と目を瞬いた。

「どうしたの?」

 ベッドの上でカップに口をつけつつ聞く。宗之さんは笑い、私の横に腰かける。

「あけましておめでとう、三花。今年もよろしく」
「あら」

 私は目を瞬き、くすくすと笑った。

「本当だ。すっかり忘れてたね」
「だな。なにしろたっぷりいちゃついていたから」

 そう言われ、昨晩のことを思い返して頬を熱くする。宗之さんは私の頬をつつき、本当に不思議そうな顔をした。

「君はいつまでも初心だなあ」
「だ、だって」
「まあそのうち慣れるか。慣れるまでたくさんいちゃつこうな」

 端正な目を柔らかく細め言う彼に、私は首を傾げた。

「三花?」

 さらり、と私の髪を撫でる宗之さんに甘えつつ、口を開く。

「……慣れちゃったら、いちゃついてくれないの?」
「……君は本当にかわいらしすぎて困る。俺の理性をなんだと思っているんだ、君は」

 宗之さんは文句を口にしつつ、そのかんばせに私への愛情をいっぱいにして眉を寄せる。
 そうしてカップを取られ、またベッドに押し倒されて……。
 新年一日目は、そうやって過ごした。ときどき軽食を食べる以外は、ずっとベッドの上で、お互いに触れ合い、体温を感じながら。


◇◇◇


「じゃあ、行ってきます」
「ああ。夕方に迎えにいくよ」

 カントリーハウスから出たのは、三日になってのことだった。
 日本は三が日をお祝いするけれど、イギリスでは二日からは平日だ。
 というわけで宗之さんも昨日からお仕事だ。私といえば、あと数日間、休みだ。といっても簡単な決裁やメールの確認は始めていたけれど。
 今日はキャシーに誘われたアフタヌーンティーに向かうところだ。この間のメンバー以外に、同級生を何人か誘ってくれたらしい。

『全員女性だからご心配なく、とご主人に伝えてね』とキャシーは言っていた。てっきりサイモンとのことを気にかけてくれているもだと思っていたら、キャシーは電話越しに笑って言った。

『それもあるけれど、違うわよ。あんな愛妻家の旦那様、ほかに男がいたら心配でついてきそうなんだもの!』

 愛妻家だなんて、とつい目を丸くした私にキャシーは続けた。

『それにしても、噂ってあてにならないのね。 “極氷” なんて呼ばれているから、てっきりもっと冷たい人だと思って……いえ、サイラスには実際そうだったわね。ということは、単にあなたが溺愛されているだけってことかしら』

 キャシーのからかう口調に反論できない。
 電話でよかった、そうじゃなきゃきっと真っ赤になった私を、もっとからかうに違いなかったから。
 そんなわけで、ひとりロンドンにある老舗ホテルへ向かうことになったのだ。

「久々なんだ。楽しんできてくれ」
「ありがとう」

 お礼を言いつつ、運転手にドアを開かれ車に乗り込む。この間の運転手さんとは違う人で、なんでもボディーガードを兼ねているらしい。元特殊部隊だというから筋金入りだ。心配性だと思うけれど、気遣いはうれしいので素直に受けた。
到着後、着いてくるという彼を必死で固辞した。


『では廊下で待ちます、奥様』
『申し訳ないわ。こんなところでなにかあるわけもないし』
『ですが……』
『旧友と少しお茶するだけよ。ね』

結局、アフタヌーンティーの間は、車で待機してもらうことになった。最初はホテルの前に立っていると言われ、なんとか車待機に変更してもらったのだ。
極寒のロンドンで立ちっぱなしは辛すぎる。

『ミツカ~。こっちよ』

 ロンドンの老舗ホテルのドローイングルーム。
 歴史ある室内に合うようしつらえられた上品な深紅の布張りのソファから、キャシーが手を振る。
 キャシーのほかに四人がこちらに笑顔を見せた。

『お待たせ』

 私は挨拶をしながら小さく目を瞬いた。ひとり、見覚えのない女性がいる。

『ああ、彼女はアメリア・ハームズワース。ええと、マルヴィナの友達?』
『そうなの。大手製薬会社の令嬢で、最近知り合ったの。近々日本に行きたいのですって。それでよければ話が聞けないかなと』
『もちろん。ええと……』

 ハームズワースさんのほうを見ると、彼女はにこっと微笑んだ。プラチナブロンドの綺麗な女性だ。

『エミと呼んで。あなたのことはミツカって呼んでもいい?』
『ええ』

 エミはアメリアの愛称だ。気さくな態度に、私は笑顔で頷いた。するとキャシーたちがざわつく。

『ねえ、本当に笑うようになったわね』
『一体、結婚してどんな心境の変化があったの?』

 根掘り葉掘り聞き出そうとしてくる友人たちのことを、くすぐったく思いながらごまかしていると、ふとエミと目があった。
 口だけは笑っているのに、目は見開かれたかのようにこちらを見つめている。

 ぞくっ、と背中に鳥肌が走り、すぐに内心で首を振る。初対面の人をいきなり怖く思ったりしてはだめよね。

 じきにアフタヌーンティーの最初のメニュー、サンドイッチが運ばれてくる。
 ここのホテルは出来立てを提供するため、スコーンもケーキもサンドイッチを食べ終わったあとでの提供だ。
 紅茶は食事に合うよう、ストレートで。イギリスは硬水なので、黒っぽい色になる。

 話はいつしかエミ中心に日本の観光地のことから私個人のことになっていた。宗之さんの話は気恥ずかしいため、仕事中心のものになる。

『そうね、MIFもMIAも日本人はほとんど気にしていないと思うわ』
『本当? 日本人の舌は繊細なのだと思っていたけれど』

 MIFはミルク・イン・ファースト、MIAはミルク・イン・アフターで、それぞれどのタイミングで紅茶にミルクを入れるかを指す。なんとイギリスではこの二派が対立して……は言い過ぎにしても、日本で言うなら“目玉焼きになにをかけるか”くらいの論争にはなっていた。醤油かソースか、っていうあれだ。

『……そんなことより、旦那さんのお話が聞きたいわ』

 エミがにこやかに言って、私は頭の中でもやもやと大きくなり始めた違和感に怯えている。だって、なんだか、エミは私じゃなくて宗之さんに興味があるようなそぶりをしているのだ。
 本当に、さりげなくだけれど……。

 頭の中に思い浮かんだのは、宗之さんに付きまとっていたという女性のこと。
 私に嫌がらせをしていた女性だ。宗之さんが動いてくれて以来、ぴたりと嫌がらせはなりを潜めていた。

 こんなところで遭遇? まさか。理性では否定する――そんな偶然はないだろう。
 けれど、万が一ということもある。
 念のため、宗之さんに確認しよう。

『私、ちょっとお手洗いに行くわね』

 私はそう言って席を立つ。お手洗いに向かい、洗面台の前でスマホにメッセージを打った。打ち終わり、顔を上げた瞬間――目の前にエミがいた。

「きゃあっ」
『……驚くなんてひどいわね。氷の女王様』
< 82 / 89 >

この作品をシェア

pagetop