極氷御曹司の燃える愛で氷の女王は熱く溶ける~冷え切った契約結婚だったはずですが~
エピローグ

【エピローグ】

 私の手首と足首に残った傷跡が、宗之さんはどうも気になるらしい。

「……ねえ、ん、っ。くすぐったいよ、宗之さん」
「民間療法だ」
「絶対嘘……」

 日本に戻ってひと月。自宅のベッドの上で、私は足首を大好きな旦那様につかまれ何度もキスを落とされていた。かすり傷だったから傷口はすっかりふさがって、ただ茶色い跡が残ってしまっていた。
 その跡に、彼は唇を落とす。消えますようにと、そんな願いがこもっているのがわかるから拒否しづらい。
 ……ただ、とてもくすぐったくて、はずかしくて。

「やあ……ん」
「……そんな甘い声を出されると、誘われているのかと勘違いする」
「さ、誘っているわけじゃ、あんっ」
「……君が悪いからな」

 絶対に悪くないと思う。でもその反論は口をキスでふさがれてさせてもらえなくて、結局今日も甘く甘く蕩かされ、喘がされてしまうのだ。




 ――あの日。

 さすがに遅い私たちを心配したキャシーが大騒ぎし、それに気が付いたボディーガードが宗之さんに報告。
 彼はすぐさま警察を手配、警備会社と民間のセキュリティ会社の協力をとりつけロンドンじゅうの防犯カメラから車の逃走経路を割り出し、あの屋敷を見つけたのだそうだった。まさかヘリから梯子で降下して、乗り込んでくるとは思わなかったけれど。

「ああいうの、経験あったの?」
「まさか。初めてだが頭に血が上っていてそれどころじゃなかったんだ」

 甘く睦みあったあと、さらさらと髪の毛を撫でる宗之さんに聞けば、あっさりとそう答えられてしまった。

「危ないよ」
「妻が危機なんだ。それどころじゃないだろう」

 まっすぐに言う彼からは、譲ろうという気配はみじんもない。眉を下げると、宗之さんは自信たっぷりに笑う。

「言っただろう。俺は君が思っているよりずっとタフなんだ」
「……うん」
「それより、来月から忙しくなるな。無理はするなよ、すぐに俺に頼れ。少しは詳しいからな」
「少しはって……グループ会社の運営で、あなたに勝る人なんてそうそういないでしょうに」

 苦笑しながら彼の温かな体に寄り添う。

 ――父の恋人のはずだった志津子さんが父に復讐のために近づいていたと知ったのは、帰国してすぐのことだった。
 父と兄の不正が暴かれ、彼らはあっという間に高々としていた椅子から転がり落ちた。
 そのこともあり、来月から私はグループ会社の重役に就任する。
 ……その不正を暴いたのは、宗之さんだった。

『志津子さんの協力があってこそだったよ』

 と、彼はさらっと言っていたけれど。どうやら私を守るため、父と兄のことを探っているうちに志津子さんにたどり着いたそうだ。


◇◇◇

『実花はね、とてもやさしくていい子だったの。北里会長のことも、心から愛していた。あなたがお腹に来たときも、大喜びで連絡をくれて。名前はなんにしようって本当に幸せそうにお腹を撫でていたわ』

 志津子さんはそう語ってくれた。なんでも、母とは学生時代からの親友だったらしい。

『ところが、臨月のころ。北里会長は愛人との間にできた男の子……あなたの兄を連れてきたの。後継にすると、愛人のほうを愛しているのだと言い放ったそうなの。実花のことは家柄だけで選んだのだと』
『……父の言いそうなことです』
『それ以来、実花は変わってしまった。女の子が生まれたら、将来一緒に遊ぶのだとたくさん集めていた、人形用の小物も捨てて。そうしてあなたが生まれたの。本来なら、たっぷりと母親の愛に包まれて育つはずだった、あなたが。でもね』

 志津子さんは俯き、震えた。

『実花はあなたを愛していた。心からね……あなたがバレエの主役を降りたころ、ぽつりと言ったことがあったの。女の子は感情を持ってはだめ、傷ついてしまうの、それなら感情を持たずに生きていたほうが幸せよ、って。……壊れてしまった実花なりに、あなたを愛していたの』

 私はじっと志津子さんを見つめた。彼女は涙を拭い、続ける。

『それから病気で死んで……わたしは北里会長を恨んだ。あの子には生きる気力がもうなかったの、あの男のせいで。それで手術も拒んだのよ』

 志津子さんは苦しげに眉を寄せた。

『結局、あなたのお兄さんの実母のことも平気で捨てたわ。ほかにもあくどいことをしているのは知っていたから、証拠をつかみ、あの座から蹴り落としてやる、全部奪ってやると。あいつに笑顔を向け媚びるたび、怒りでその場で縊り殺してやろうと何回考えたか。でも……時間がかかってしまったけれど、寒河江社長のおかげで成就できた』

 ほう、と志津子さんは肩から力を抜く。

『あなたに時々プレゼントしていた小物はね、実花があなたのために用意していたものなの、こっそり回収しておいたのよ』

 私は目を丸くする。あの小さな人形用の小物は……私へと用意されたものだった。

『もうこれで、いつ実花にところに行ってもいいわ。きっと天国では笑っているでしょうから』

 志津子さんの細い微笑みに、私は「嫌です」とつぶやいた。

『志津子さん。私とお仕事、してもらえませんか』
『……え?』

 志津子さんに提案したのは、彼女の仕事であるエステに、最近台湾から輸入している漢方茶を組み合わせること。

『志津子さんと仕事がしてみたいです』

 まっすぐに言うと、志津子さんは柔らかく笑った。

『親友の娘に言われてはね』



 ……親友、といえば。
 帰国して空港に心配した梨々花がいたことにもびっくりしたけれど、心配しすぎたキャシーが追いかけてきたのにも驚いた。
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