野いちご源氏物語 一四 澪標(みおつくし)
源氏の君は紫の上に明石の君のことはお話しになったけれど、ご懐妊のことは知らせていらっしゃらない。
<他人から聞くよりは>
と思って、正直に話す決心をなさった。
「たいしたことではないから落ち着いて聞いてほしいのだけれど、明石で子どもが生まれたようなのです。あなたにこそ産んでほしかったのに、思いもよらないところに生まれて残念だ。しかも女の子だから、どうしたものかと思いましてね。放っておいてもよいが、それもかわいそうな気がするから、都に呼び寄せてやろうと思うのです。あなたにもお目にかけたい。嫉妬してはいけませんよ」
紫の上はかわいらしくご不満そうなお顔をなさって、
「嫉妬だなんて。あなたはいつも私をやきもち焼きだとおっしゃいますけれど、私にやきもちなんて教えたのはどこのどなたかしら」
とおっしゃる。
源氏の君はそんな紫の上のご様子が愛しくて、
「おや、どなただろう。あなたは気を回しすぎなのですよ。私はあなただけを愛しているのに、それに気づかず嫉妬などされては悲しくなってしまう」
と涙ぐまれる。
都を離れておられた間、紫の上のことが恋しくて恋しくてたまらなかったことや、お手紙で励ましあわれたことなどを源氏の君は思い出される。
それに比べれば、明石の君や他の女君との恋愛なんて、物の数にも入らないとお思いになるの。
ただ、明石でお生まれになった姫君のことだけは別。
貴族の家の娘というのは、父親の内裏での権力争いに大きな影響を及ぼすことがあるのだもの。
「明石の母子をこんなに気にかけているのは、姫の将来に特別な考えがあるからなのです。その考えを今お話ししたら、あなたはきっとまたやきもちを焼くでしょうから、まだ言わないでおきますがね。あなたは母親の方が気になっているのかな。よい女性でしたよ。田舎で出会ったから、よけいにそう思うのかもしれないけれど」
とおなぐさめになる。
そのくらいでやめておかれたらよろしいのに、まだ続けてしまわれるの。
最後の夜の会話、目に焼きつけたお顔、やっと聞かせてもらえた筝の音……
ひとつひとつ切なそうに思い出してお話しになるお姿が、紫の上のお胸を刺す。
<私がただひたすら悲しんでいた間に、よその女性を愛していらっしゃったのか>
と思い沈まれて、
「あなたと私の心はひとつではなかったのですね。明石へ行って変わってしまわれた。そちらのお方と仲良くお暮らしなされませ。私は先に死んでしまえばよいのです」
とお嘆きになる。
「なんということをおっしゃるのだ。須磨でも明石でも、私はあなただけを思って泣き暮らしていたというのに。あぁ、どうやったら分かっていただけるだろう。あまりのんびりしていると、分かっていただく前にどちらかが死んでしまうこともありますからね。よくお聞きなさい。そもそも私が都を離れたのは、あなたのためを思ってなのですよ。あのまま都にいたら、二度とあなたとは暮らせないような罰を受けていたかもしれない。そんな最悪の事態を避けるために都を離れたのですから、須磨でも明石でも心はあなたとひとつでしたよ」
苦しい言い訳をなさってから、紫の上のご気分を変えようと楽器を近くにお置きになる。
それがよりにもよって筝なの。
源氏の君は軽く弾いて、女君にもお勧めになるけれど、さっき明石の君は筝が上手だったというお話をなさったばかりだもの。
女君は触ろうともなさらない。
普段はおっとりとしてお優しい方なのだけれど、こういうときは感情をお隠しになれないの。
<怒っている様子もかわいらしい。さまざまな魅力があって、目を離せない人だ>
と源氏の君はお思いになっている。
<他人から聞くよりは>
と思って、正直に話す決心をなさった。
「たいしたことではないから落ち着いて聞いてほしいのだけれど、明石で子どもが生まれたようなのです。あなたにこそ産んでほしかったのに、思いもよらないところに生まれて残念だ。しかも女の子だから、どうしたものかと思いましてね。放っておいてもよいが、それもかわいそうな気がするから、都に呼び寄せてやろうと思うのです。あなたにもお目にかけたい。嫉妬してはいけませんよ」
紫の上はかわいらしくご不満そうなお顔をなさって、
「嫉妬だなんて。あなたはいつも私をやきもち焼きだとおっしゃいますけれど、私にやきもちなんて教えたのはどこのどなたかしら」
とおっしゃる。
源氏の君はそんな紫の上のご様子が愛しくて、
「おや、どなただろう。あなたは気を回しすぎなのですよ。私はあなただけを愛しているのに、それに気づかず嫉妬などされては悲しくなってしまう」
と涙ぐまれる。
都を離れておられた間、紫の上のことが恋しくて恋しくてたまらなかったことや、お手紙で励ましあわれたことなどを源氏の君は思い出される。
それに比べれば、明石の君や他の女君との恋愛なんて、物の数にも入らないとお思いになるの。
ただ、明石でお生まれになった姫君のことだけは別。
貴族の家の娘というのは、父親の内裏での権力争いに大きな影響を及ぼすことがあるのだもの。
「明石の母子をこんなに気にかけているのは、姫の将来に特別な考えがあるからなのです。その考えを今お話ししたら、あなたはきっとまたやきもちを焼くでしょうから、まだ言わないでおきますがね。あなたは母親の方が気になっているのかな。よい女性でしたよ。田舎で出会ったから、よけいにそう思うのかもしれないけれど」
とおなぐさめになる。
そのくらいでやめておかれたらよろしいのに、まだ続けてしまわれるの。
最後の夜の会話、目に焼きつけたお顔、やっと聞かせてもらえた筝の音……
ひとつひとつ切なそうに思い出してお話しになるお姿が、紫の上のお胸を刺す。
<私がただひたすら悲しんでいた間に、よその女性を愛していらっしゃったのか>
と思い沈まれて、
「あなたと私の心はひとつではなかったのですね。明石へ行って変わってしまわれた。そちらのお方と仲良くお暮らしなされませ。私は先に死んでしまえばよいのです」
とお嘆きになる。
「なんということをおっしゃるのだ。須磨でも明石でも、私はあなただけを思って泣き暮らしていたというのに。あぁ、どうやったら分かっていただけるだろう。あまりのんびりしていると、分かっていただく前にどちらかが死んでしまうこともありますからね。よくお聞きなさい。そもそも私が都を離れたのは、あなたのためを思ってなのですよ。あのまま都にいたら、二度とあなたとは暮らせないような罰を受けていたかもしれない。そんな最悪の事態を避けるために都を離れたのですから、須磨でも明石でも心はあなたとひとつでしたよ」
苦しい言い訳をなさってから、紫の上のご気分を変えようと楽器を近くにお置きになる。
それがよりにもよって筝なの。
源氏の君は軽く弾いて、女君にもお勧めになるけれど、さっき明石の君は筝が上手だったというお話をなさったばかりだもの。
女君は触ろうともなさらない。
普段はおっとりとしてお優しい方なのだけれど、こういうときは感情をお隠しになれないの。
<怒っている様子もかわいらしい。さまざまな魅力があって、目を離せない人だ>
と源氏の君はお思いになっている。