あの桜の木の下で

✿影の牙✿

「ごちそうさま!」

総司が満足そうに手を合わせる。

「本当に食い過ぎだろ……」

俺は呆れながら湯呑みを傾ける。ほんの少しの休息――戦場では味わえない平穏な時間だった。

だが、その静寂は長くは続かなかった。

――ザッ。

微かに、背後の気配を感じた。

「……春樹?」

総司も同じものを感じ取ったのか、団子を置き、すっと表情を引き締める。

「おい、店の者は下がっていろ。」

俺は小声で女将に告げる。女将は事情を察したのか、黙って奥へと下がった。

――ガタン。

店の暖簾が揺れ、五人の男たちが入ってきた。

「やぁ、新選組の諸君。」

先頭に立つ男が、にやりと笑う。

「……またか。」

俺は静かに立ち上がる。先ほどの浪士とは比べ物にならない、異様な気配。

「先ほどの奴らの仲間か?」

「ふふ、まぁね。だが、俺たちは奴らのような三下とは違うよ。」

男はゆっくりと歩み寄る。

「俺たちは、"影ノ牙"と呼ばれる者たちだ。」

「……聞いたことがないな。」

「当然だ。我らは闇に生き、闇に従う者。お前たちのように、表で名を馳せる剣士とは違う。」

影ノ牙――不穏な響きだ。

「俺たちの目的は、新選組の幹部クラスを討ち取り、名を上げること。」

「なるほどな。」

俺は刀の柄に手を添えた。

「新選組を狙うってことは、死ぬ覚悟ができてるってことだな?」

「クク……どうかな?」

男は懐から手紙のようなものを取り出す。

「お前たちにとっては、こっちの方が重要なんじゃないか?」

――そこに記されていたのは、"総司の名"だった。

「……!」

俺はすぐに総司を見た。総司の表情は変わらない。ただ、瞳の奥にある光が冷たくなる。

「……私を狙ってるってこと?」

「ご名答。」

男はにやりと笑う。

「俺たちはな、強い者を狙う。お前、新選組の中でも相当の手練れだろう?」

「さて、どうだろうね?」

総司はゆっくりと立ち上がり、帯刀したまま軽く構える。

「でも、"強い者を狙う"なんて言う割には、数で押すつもり?」

「クク……戦いは手段を選ぶものじゃない。」

「ふぅん……じゃあ、こっちも手加減なしってことで。」

――次の瞬間、総司の姿が消えた。

「なっ――!」

シュッ!

一陣の風が吹き抜け、男の一人の喉元に総司の刃が突きつけられていた。

「……!!」

男は一瞬動けずに硬直する。

「"影"を名乗る割には、無警戒だね?」

総司の声は冷たい。

「クッ……! 退け!」

リーダー格の男が指示を出し、残る四人が一斉に斬りかかる。

「チッ……!」

俺も刀を抜き、総司の背中を守る形で構える。

「さて……こいつは団子の勝負どころじゃなさそうだな。」

「ふふ……また賭ける?」

「今は戦いに集中しろ!」

俺たちはすぐさま動き出した。

新選組 vs 影ノ牙――団子屋での戦いが始まる。
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