あの桜の木の下で
戦いを終え、俺たちは屯所へと戻った。

「ただいま戻りました。」

門番に声をかけ、屯所の中へ入る。辺りはすでに薄暗く、夜の気配が屯所を包み込んでいた。

「おう、帰ったか!」

玄関をくぐると、すぐに原田さんが出迎えてくれた。

「お前ら、団子屋で何してたんだ?」

「……何って、団子を食べてただけですけど?」

総司が涼しい顔で答える。

「はぁ? じゃあなんで、お前の袖に血がついてんだよ。」

「……あ、バレた?」

「隠す気もねぇだろ……。」

俺はため息をつく。原田さんは呆れ顔で腕を組んだ。

「お前らがいない間にな、局長が探してたぞ。」

「近藤先生が?」

「何か話があるらしい。早く行ってこい。」

俺たちは頷き、そのまま近藤さんの部屋へ向かった。

「近藤先生、失礼します。」

襖を開けると、近藤さんが机の上の書状に目を通していた。

「おぉ、春樹、総司! 戻ったか。」

「何かご用ですか?」

「……うむ。」

近藤さんは少し渋い顔をしながら、書状を俺たちに見せた。

「これは……?」

「最近、京の町で"影ノ牙"と名乗る連中が動いているという報告があった。」

「影ノ牙……。」

さっき戦った浪士どもの名前だ。

「どうやらやつら、新選組の幹部クラスを狙って暗躍しているらしい。」

「……へぇ。」

「特に総司、お前の名前が書かれた文があったそうだ。」

「ふぅん……私、人気者なんですね。」

総司はどこか楽しそうに笑う。

「お前な……」

俺は頭を抱えた。こんな状況でも全く動じない。いや、むしろ嬉しそうにすら見える。

「とにかく、これからは警戒を強める。春樹、総司、お前たちも気を抜くなよ。」

「承知しました。」

俺は真剣に頷く。

「はいはい。」

総司も軽く答えたが、近藤さんは心配そうに目を細めた。

「総司、無理をするなよ?」

「大丈夫ですよ、近藤先生。……ちゃんと、最後まで戦いますから。」

その言葉に、一瞬だけ空気が張り詰めた。

「……そうか。」

近藤さんはそれ以上何も言わなかった。ただ、静かに書状を片付ける。

「では、これで解散とする。休めるときに休んでおけ。」

「はい。」

俺たちは部屋を後にした。

「春樹。」

廊下を歩いていると、総司が俺を呼び止めた。

「ん?」

「さっきの話、どう思う?」

「どう思うって……面倒ごとに巻き込まれたって感じだな。」

「ふふ、それもそうだね。」

総司はどこか遠くを見るように微笑んだ。

「……でも、戦いは避けられないんだ。」

「……ああ。」

俺はその言葉に深く頷く。

新選組にいる限り、戦いから逃れることはできない。

どこかで、俺も覚悟を決めなければならないのかもしれない。

「ま、今は寝ようか。」

「お前は本当に切り替えが早いな。」

「だって、寝ないと明日も戦えないでしょ?」

総司は軽く笑って、自分の部屋へと消えていった。

俺もその後ろ姿を見送りながら、自分の部屋へ向かう。

静かな夜。

しかし、俺の胸の中には、どこか不安が渦巻いていた。
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