あの桜の木の下で
伊東甲子太郎が新選組に加わってから、屯所の空気は少しずつ変わり始めていた。
表向きはこれまでと変わらず、新選組は京の治安維持に努めていたが、隊士たちの間で微妙な亀裂が生じているのを俺は感じていた。
伊東の考えに賛同する者、これまでの新選組のやり方を貫くべきだと考える者——その違いが、日に日に明確になっていく。
◇
ある日のことだった。
屯所の中庭で、伊東を中心にした数人の隊士たちが何やら話し込んでいるのを見かけた。
俺が近くを通りかかると、話し声が耳に入る。
「幕府はもはや衰退の一途をたどっている。このままでは日本の未来は危うい。」
「だからこそ、我々はただ"剣"で従うだけではなく、新しい時代の形を考えなければならないのです。」
「……ですが、伊東先生。それは新選組の本分から外れるのでは?」
「本分、ですか。」
伊東は薄く笑った。
「本分とは何でしょう?幕府の命令に従い、ただ戦うことですか?それとも——」
言葉の続きは聞こえなかった。
俺は無言でその場を離れた。
確かに伊東の言っていることには理がある。幕府が衰えているのは事実だし、新しい時代の流れに取り残されるわけにはいかない。
だが——
俺たちは新選組だ。戦うことでしか道を切り開けない。
それを否定するのなら、新選組にいる意味があるのか——?
◇
「春樹。」
屯所の廊下で、そうちゃんに呼び止められた。
「……お前も、聞いてたのか?」
「うん。」
そうちゃんは真剣な顔をしていた。
「伊東さんの考え、間違ってはいない。でも、それが"新選組"にとって正しいかどうかは別だよ。」
「だよな……。」
俺もそう思う。
「でも、問題は——」
「——伊東さんに賛同する隊士が、確実に増えていること。」
そうちゃんの言葉に、俺は小さく息を吐いた。
俺たちは今、見えない境界線の上に立たされている。
新選組としての信念を貫くのか、それとも新しい時代の流れに乗るのか——
そして、その選択はきっと、俺たちの運命を大きく変えることになる。
「……土方さんは、どう考えてるんだろうな。」
俺がそう言うと、そうちゃんは少し考え込んだ。
「たぶん、もう何か動いてると思うよ。」
「……そうか。」
土方さんが何もしないはずがない。
俺は剣の柄を握りしめた。
近いうちに——何かが起こる。
その確信が、胸の奥にじわりと広がっていた。
それから数日後、新選組の屯所内にさらなる変化が訪れた。
伊東甲子太郎は着々と自身の派閥を築き始め、彼の周りには知識人肌の隊士や、京の政治に興味を持つ者たちが集まり始めていた。彼らは屯所の一角で密かに集まり、幕府の未来、日本の行く末について議論を交わしているらしい。
「新選組は、このままでいいのか?」
「幕府はもはや弱体化している。我々はただの"幕府の犬"で終わるべきではない。」
「この国の未来のために、別の道を模索する必要があるのでは?」
そんな話が隊士たちの間で囁かれ始めていた。
◇
「……なあ、春樹。」
屯所の縁側に座っていた俺の隣に、藤堂さんが腰を下ろした。
「最近の雰囲気、どう思う?」
「……聞くまでもないだろ。」
俺は剣を磨きながら答えた。
「伊東さんの影響力が強くなってる。隊の中に、明らかに"派閥"ができ始めてるな。」
藤堂さんは軽く頷いた。
「俺も感じてる。なんつーか……今の新選組、前みたいにまとまってねぇ気がするんだよな。」
「……ああ。」
前はただ、"京の治安を守る"、"幕府に尽くす"、"新選組として生きる"という明確な目的があった。
だが今は、隊士たちの中に迷いが生じている。
「土方さんは何か言ってるのか?」
「それがさ……」
藤堂さんは声を潜めた。
「最近、土方さんと近藤さんが屯所で密談してることが増えた。多分、伊東さんの動きを警戒してるんだと思う。」
「……そりゃ、そうだろうな。」
伊東はまだ表向きは新選組の一員として振る舞っているが、彼の思想は新選組の理念とは異なる。
このままでは、新選組の中で衝突が起こる可能性が高い。
「でもさ……俺はまだ、どっちが正しいのか分からねぇんだ。」
藤堂さんがぼそっと呟いた。
「俺たちは、このまま幕府に従い続けるべきなのか? それとも、新しい時代を見据えて、別の道を探るべきなのか?」
「……。」
俺は何も言えなかった。
俺たちは新選組だ。剣で己の道を切り開くことしかできない。
だが、もしそれが"間違った道"だったら——?
◇
「春樹。」
その夜、俺はそうちゃんの部屋を訪れた。
「……どうしたの?」
そうちゃんは机の上に書物を広げ、何かを考え込んでいた。
「最近の隊の雰囲気、どう思う?」
俺の問いに、そうちゃんは小さくため息をついた。
「伊東さんの考えに賛同する者が増えているのは、確かだね。」
「……ああ。」
「でも、それ以上に危険なのは——」
「——新選組の隊士たちの間に、"疑い"が生まれ始めていることだよ。」
俺はハッとした。
「……疑い、か。」
「うん。」
そうちゃんは真剣な表情で続けた。
「今までは、私たちはみんな"同志"だった。でも今は、"あいつはどっち側なのか"って、隊士同士が探り合うようになってる。」
「……確かに。」
そう、派閥が生まれることで、隊の結束は揺らぎ始めている。
「このままでは、いずれ新選組は割れてしまうかもしれない。」
そうちゃんの声は静かだったが、その言葉には深い危機感が込められていた。
「何かが起こるのは……もう時間の問題だよ。」
俺は無言で剣の柄を握った。
新選組の未来は、今まさに大きな分岐点に立たされている。
そして、どちらの道に進むのか——それを決める時が、すぐそこまで迫っていた。
表向きはこれまでと変わらず、新選組は京の治安維持に努めていたが、隊士たちの間で微妙な亀裂が生じているのを俺は感じていた。
伊東の考えに賛同する者、これまでの新選組のやり方を貫くべきだと考える者——その違いが、日に日に明確になっていく。
◇
ある日のことだった。
屯所の中庭で、伊東を中心にした数人の隊士たちが何やら話し込んでいるのを見かけた。
俺が近くを通りかかると、話し声が耳に入る。
「幕府はもはや衰退の一途をたどっている。このままでは日本の未来は危うい。」
「だからこそ、我々はただ"剣"で従うだけではなく、新しい時代の形を考えなければならないのです。」
「……ですが、伊東先生。それは新選組の本分から外れるのでは?」
「本分、ですか。」
伊東は薄く笑った。
「本分とは何でしょう?幕府の命令に従い、ただ戦うことですか?それとも——」
言葉の続きは聞こえなかった。
俺は無言でその場を離れた。
確かに伊東の言っていることには理がある。幕府が衰えているのは事実だし、新しい時代の流れに取り残されるわけにはいかない。
だが——
俺たちは新選組だ。戦うことでしか道を切り開けない。
それを否定するのなら、新選組にいる意味があるのか——?
◇
「春樹。」
屯所の廊下で、そうちゃんに呼び止められた。
「……お前も、聞いてたのか?」
「うん。」
そうちゃんは真剣な顔をしていた。
「伊東さんの考え、間違ってはいない。でも、それが"新選組"にとって正しいかどうかは別だよ。」
「だよな……。」
俺もそう思う。
「でも、問題は——」
「——伊東さんに賛同する隊士が、確実に増えていること。」
そうちゃんの言葉に、俺は小さく息を吐いた。
俺たちは今、見えない境界線の上に立たされている。
新選組としての信念を貫くのか、それとも新しい時代の流れに乗るのか——
そして、その選択はきっと、俺たちの運命を大きく変えることになる。
「……土方さんは、どう考えてるんだろうな。」
俺がそう言うと、そうちゃんは少し考え込んだ。
「たぶん、もう何か動いてると思うよ。」
「……そうか。」
土方さんが何もしないはずがない。
俺は剣の柄を握りしめた。
近いうちに——何かが起こる。
その確信が、胸の奥にじわりと広がっていた。
それから数日後、新選組の屯所内にさらなる変化が訪れた。
伊東甲子太郎は着々と自身の派閥を築き始め、彼の周りには知識人肌の隊士や、京の政治に興味を持つ者たちが集まり始めていた。彼らは屯所の一角で密かに集まり、幕府の未来、日本の行く末について議論を交わしているらしい。
「新選組は、このままでいいのか?」
「幕府はもはや弱体化している。我々はただの"幕府の犬"で終わるべきではない。」
「この国の未来のために、別の道を模索する必要があるのでは?」
そんな話が隊士たちの間で囁かれ始めていた。
◇
「……なあ、春樹。」
屯所の縁側に座っていた俺の隣に、藤堂さんが腰を下ろした。
「最近の雰囲気、どう思う?」
「……聞くまでもないだろ。」
俺は剣を磨きながら答えた。
「伊東さんの影響力が強くなってる。隊の中に、明らかに"派閥"ができ始めてるな。」
藤堂さんは軽く頷いた。
「俺も感じてる。なんつーか……今の新選組、前みたいにまとまってねぇ気がするんだよな。」
「……ああ。」
前はただ、"京の治安を守る"、"幕府に尽くす"、"新選組として生きる"という明確な目的があった。
だが今は、隊士たちの中に迷いが生じている。
「土方さんは何か言ってるのか?」
「それがさ……」
藤堂さんは声を潜めた。
「最近、土方さんと近藤さんが屯所で密談してることが増えた。多分、伊東さんの動きを警戒してるんだと思う。」
「……そりゃ、そうだろうな。」
伊東はまだ表向きは新選組の一員として振る舞っているが、彼の思想は新選組の理念とは異なる。
このままでは、新選組の中で衝突が起こる可能性が高い。
「でもさ……俺はまだ、どっちが正しいのか分からねぇんだ。」
藤堂さんがぼそっと呟いた。
「俺たちは、このまま幕府に従い続けるべきなのか? それとも、新しい時代を見据えて、別の道を探るべきなのか?」
「……。」
俺は何も言えなかった。
俺たちは新選組だ。剣で己の道を切り開くことしかできない。
だが、もしそれが"間違った道"だったら——?
◇
「春樹。」
その夜、俺はそうちゃんの部屋を訪れた。
「……どうしたの?」
そうちゃんは机の上に書物を広げ、何かを考え込んでいた。
「最近の隊の雰囲気、どう思う?」
俺の問いに、そうちゃんは小さくため息をついた。
「伊東さんの考えに賛同する者が増えているのは、確かだね。」
「……ああ。」
「でも、それ以上に危険なのは——」
「——新選組の隊士たちの間に、"疑い"が生まれ始めていることだよ。」
俺はハッとした。
「……疑い、か。」
「うん。」
そうちゃんは真剣な表情で続けた。
「今までは、私たちはみんな"同志"だった。でも今は、"あいつはどっち側なのか"って、隊士同士が探り合うようになってる。」
「……確かに。」
そう、派閥が生まれることで、隊の結束は揺らぎ始めている。
「このままでは、いずれ新選組は割れてしまうかもしれない。」
そうちゃんの声は静かだったが、その言葉には深い危機感が込められていた。
「何かが起こるのは……もう時間の問題だよ。」
俺は無言で剣の柄を握った。
新選組の未来は、今まさに大きな分岐点に立たされている。
そして、どちらの道に進むのか——それを決める時が、すぐそこまで迫っていた。