あの桜の木の下で
伊東甲子太郎が入隊してから、新選組の内部に微かな変化が生まれつつあった。

表向きは変わらず、新選組は幕府のために京の治安維持を続けていた。しかし、隊士たちの間で、少しずつ意見の違いが生まれ始めているのを俺は感じていた。

それは、伊東が入ってきたことと無関係ではなかった。



「なあ、春樹。」

屯所の中庭で、何人かの隊士と共に剣の稽古をしていた俺に、永倉さんが声をかけてきた。

「お前、最近の新選組についてどう思う?」

「最近の……?」

俺は剣を収め、永倉さんの顔を見た。

「なんかさ、伊東先生が入ってから雰囲気が変わった気がしねえか?」

「……ああ。」

俺も同じことを感じていた。

「伊東さんの考え方は、今までの新選組とは違う。」

「そうだな。」

永倉さんは腕を組み、難しい顔をした。

「俺はさ、新選組ってのは剣で京を守る組織だと思ってたんだよ。でも、伊東先生はやたらと政治の話をする。」

「確かに……。」

最近の屯所では、伊東を中心に"幕府の未来"について議論する場面が増えてきていた。

「幕府の力はもう衰えている。これからの日本は、新しい体制が必要だ——」

そんな言葉を、伊東は繰り返していた。

それに賛同する隊士も少しずつ増えてきている。

「土方さんは何も言ってねえのか?」

俺が聞くと、永倉さんは小さく肩をすくめた。

「さあな。ただ、あの人が黙っているってことは、何か考えてるんだろう。」

「……だよな。」

土方さんが何も感じていないはずがない。

だが、俺は心のどこかで不安を拭えなかった。



「春樹。」

その夜、そうちゃん——総司が俺を呼び止めた。

「……なんだ?」

「伊東さんと、その周りの隊士たち。やっぱり、新選組の中で別の考えを持ち始めてるよ。」

「……お前も、そう思うか。」

俺はため息をついた。

「どうする?このまま放っておくのか?」

「放っておくわけにはいかない。でも……」

そうちゃんは少し言葉を選びながら続けた。

「今はまだ、動くべき時じゃないと思う。」

「……どういうことだ?」

「伊東さんは、表向きは新選組の一員として動いてる。でも、本当に彼が何を考えているのかは、まだはっきりしていない。下手に刺激すれば、新選組の中で衝突が起きるかもしれない。」

「……。」

確かに、それは避けたい。

俺たち新選組は一枚岩であるべきだ。

だが、もし内部から崩れていくとしたら——

「しばらく様子を見よう。」

そうちゃんは静かに言った。

「でも、もし何かあれば——私たちで止めるしかない。」

その言葉に、俺は無言で頷いた。

伊東甲子太郎という男が、新選組にもたらすものは何なのか。

それは、俺たちがこれから直面する大きな問題になるのかもしれない。
< 21 / 41 >

この作品をシェア

pagetop