あの桜の木の下で
数日後、屯所内の空気はさらに重くなった。伊東甲子太郎の影響力が日に日に増しているのを感じることができた。隊士たちの間でも、彼に対する評価が分かれ始めていた。新選組の幹部である近藤、土方、沖田を含む古参隊士たちにとっては、伊東がどこかで新たな勢力を作ろうとしているのではないかという疑念が消えなかった。

俺とそうちゃんも、毎日のように彼の動向を探ることになった。だが、伊東の行動は予測できないほど巧妙で、何を考えているのかが全く見えなかった。

ある晩、屯所の広間に集まった隊士たちの間で、ついにその話題が出た。

「伊東先生が何かを考えているに違いない。お前たちも感じているだろう?」土方さんが鋭い目つきで言った。

「はい、確かにそう感じています。」俺は答えた。「でも、何かをするには確証が足りない。現段階ではまだ動けません。」

「うむ。だが、そうしているうちにも時間はどんどん過ぎていく。」土方さんは顎に手をあてて考え込む。「何かしらの証拠を掴まない限り、動けないのはわかるが、もしそれを見逃したら後悔するぞ。」

その言葉が頭に残る。確かに、時間が経つにつれて状況は悪化していく可能性が高かった。

その夜、俺はそうちゃんと話しながら寝室で眠れぬまま過ごしていた。彼女もまた眠れずにいる様子だった。

「春樹、何か策は考えてるの?」そうちゃんが静かに尋ねた。

「どうすればいいのか、正直、まだ分からない。」俺は少し戸惑いながら答えた。「でも、近藤さんや土方さんがあんなに心配しているってことは、もう決定的なものを感じ取っているんだろうな。」

「私たちも、動かないわけにはいかないね。」そうちゃんは俺を見つめながら言った。その目には、決意と少しの不安が混じっていた。

その時、突如として部屋の扉が開かれた。

「お前たち、話がある。」土方さんの声が響いた。

俺たちは驚きながらも、すぐに姿勢を正した。

「何か進展があったんですか?」そうちゃんが尋ねると、土方さんは一瞬ため息をついた。

「伊東が、何か動き出した。」土方さんの言葉は非常に重かった。「今日の夜、ある者が伊東と会っていたという情報が入った。お前たちもその者を追って、何か掴んでくるんだ。」

「わかりました。」俺は即答した。

「今、動かなければならない。」土方さんは一層険しい表情で言った。「その一歩が、新選組の運命を大きく変えるかもしれない。」

俺たちは深く頷き、すぐに動き出す準備を整えた。夜が深くなり、街の灯りがぼんやりと見える中で、俺たちは目標に向かって歩き始めた。



街の片隅、薄暗い路地に差し掛かると、そうちゃんがひときわ静かに歩を止めた。

「そこにいるのか?」俺が低い声で問いかけると、彼女は少し首をかしげてから答えた。

「何か……気配がする。」

俺は身を潜め、周囲を慎重に確認した。その瞬間、遠くから一人の男の姿が見えた。その男は、伊東甲子太郎の顔に見覚えがあった。

「やはり、伊東か。」俺は囁くように言った。

彼が目の前の人物と交わしている言葉が、どこか不自然であった。やり取りの内容を聞き取ることはできなかったが、その様子は明らかに不穏だった。

「……行こう。」そうちゃんが言い、俺たちは静かにその場から立ち去った。

その晩、俺たちが目撃したのは、伊東が裏で何かを企んでいる証拠の一部に過ぎなかった。しかし、その時点で、すでに新選組内で何か大きな変化が起こる予兆を感じていた。



次の日、屯所に戻った俺たちは、土方さんに報告をするために再び集まった。

「伊東は、誰かと密会していた。」そうちゃんが言った。

土方さんは真剣な表情で耳を傾ける。「それで、何をしていた?」

「内容は詳しくはわかりませんが、彼の態度や立ち振る舞いが、今までのものとは違ったように感じました。」俺は答えた。

「それが何を意味するのか、少しでもわかるか?」土方さんが尋ねると、俺たちは顔を見合わせた。

「わかりませんが、何か大きな動きがあると思います。」そうちゃんが静かに答えた。

土方さんは深い思索に沈んでいたが、すぐに決断を下した。

「よし、引き続き情報を集めろ。伊東の動きを追い続けるんだ。」
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