あの桜の木の下で
春が過ぎ、夏が来て、そしてまた次の春が巡る。

時代の流れは止まることなく、町はどんどんと変わっていった。

かつて侍たちが剣を振るっていた江戸の町は、今や「東京」となり、蒸気機関車が走り、西洋建築が立ち並ぶ。商人たちは新たな商売に乗り出し、武士だった者たちは軍人や警察官、あるいは役人や教師となって新しい時代に順応していた。

だが、その変化の中でも俺はなお、名を隠し、流浪の身のまま生きていた。

千駄ヶ谷を訪れたあの日から、俺は少しだけ生きることに前向きになれた気がする。

「そうちゃん、お前が生きていたら、どんな未来を見ただろうな。」

桜の花が咲くたびに、俺はお前を思い出す。



ある日、俺はひとつの決意をした。

もう、過去ばかりを振り返るのはやめよう。

新しい時代を、お前が願ったように「生きる」ために、俺も何かを残していかなければならない。

そう思い立った俺は、身分を隠しながらも小さな道場を開くことにした。

もちろん、かつてのように剣で戦う時代ではない。だが、剣の技だけではなく、生きる術を若い者たちに伝えることはできる。

「先生、構えはこれでいいですか?」

「そうだ。だが力を入れすぎるな。もっと肩の力を抜いて、流れを意識しろ。」

俺の道場には、かつての新選組とは違い、誰でも入ることができた。侍の子も、商人の息子も、貧しい町の少年もいた。

皆それぞれの理由で、剣を学びに来た。

剣はもう、人を斬るためのものではなく、自分を守り、誇りを持って生きるためのものになった。



そんなある日、道場に訪ねてきた者がいた。

「先生……いえ、あなたは、あのときの……」

振り返ると、そこにはかつて千駄ヶ谷の桜の下で出会った少女が立っていた。

「お前は……あの時の?」

少女は少し微笑んで頷いた。

「覚えていてくれたんですね。」

「当然だろう。あれから何年も経ったが……お前、どうしてここに?」

彼女は少し恥ずかしそうに言った。

「……先生のもとで学びたくて。」

「俺のもとで?」

「はい。私、新しい時代の中で、何かを守る力がほしいんです。あなたのように。」

俺は驚きながらも、心のどこかで嬉しく思った。

お前がくれた手紙が、俺を前へと進ませたように。

俺の生き様もまた、誰かの道を照らすのかもしれない。

「……よし。なら、ここで学べ。」

少女は嬉しそうに笑い、道場に足を踏み入れた。



それからも時代は変わり続ける。

明治が終わり、大正、昭和へと移り変わる中で、俺たちが生きた幕末は、遠い過去の物語になっていった。

それでも、俺は桜の咲くたびに思い出す。

お前と過ごした日々を。

新選組という名のもとに、仲間と共に駆け抜けた時間を。

そして、今。

俺は新しい時代の中で、俺なりの生き方を見つけた。

お前が願った通りに、生きている。

だから、もう迷わない。

これから先も、ずっと――

俺は俺の道を、生き続ける──────



𝐞𝐧𝐝☕︎︎‎𓂃 𓅇
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