あの桜の木の下で
それから幾年の時が流れた。
俺は流浪の身のまま、各地を転々としながらも、どうにか生き延びていた。
江戸はすっかり変わり、町には西洋風の建物が立ち並び、行き交う人々も羽織袴から洋装へと移り変わっていた。
侍の時代は終わりを迎え、俺たちの戦いは、遠い過去のものとなっていた。
それでも、俺は生きていた。
◇
春の訪れを感じる頃、俺は再び千駄ヶ谷の植木屋を訪れた。
今はもう、別の家が建ち、俺たちの思い出の場所はすっかり姿を変えてしまったが、庭の片隅に残された一本の桜の木だけは、変わらずそこに立っていた。
桜は、今年も変わらず美しく咲いている。
「……そうちゃん。」
俺は、そっと桜の幹に触れた。
風が吹き、花びらがふわりと舞う。
「もうすぐ、お前の命日だな。」
しばらくそうして桜を見上げていると、不意に背後から声がかかった。
「……あなた、新選組の方ですか?」
驚いて振り返ると、そこには見知らぬ少女が立っていた。
年の頃は十五、六だろうか。和装を身にまといながらも、髪には西洋風のリボンを結んでいた。
「どうして、それを?」
俺が警戒しながら尋ねると、少女は少し微笑み、懐から何かを取り出した。
「この家の方から、これを預かっていました。」
差し出されたのは、古びた木箱だった。
受け取ると、中には一枚の手紙が入っていた。
震える手で封を開けると、そこには懐かしい筆跡が残されていた。
――春樹へ。
俺は息を呑んだ。
「これ……」
「その方が亡くなる前に、いつかあなたがここに来るかもしれないと、お預かりしたのです。」
少女の言葉を聞きながら、俺はゆっくりと手紙に目を通した。
『春樹、これを読んでいる頃、私はもうこの世にはいないでしょう。
だけど、あなたには生きていてほしい。
あなたがどんな形であれ、新しい時代の中で歩み続けることを、私は願っています。』
「……そうちゃん。」
『あなたがどこにいても、きっと春は巡ってきます。
だから、どうかこの桜を見たら、私を思い出してください。
そして、あなた自身の新しい道を歩んでください。
私は、いつもあなたのそばにいます。』
手紙を読み終えたとき、ふわりと風が吹いた。
桜の花びらが、優しく俺の肩に舞い降りる。
「……そっか。」
俺は、ふっと笑った。
今まで、ただ過去に囚われ、生き残ったことを悔やんでいた。
けれど、そうちゃんは俺に「生きてほしい」と願ってくれていたんだ。
ならば――
「……俺は、生きるよ。お前の願いを無駄にしない。」
空を見上げると、満開の桜が風に舞っていた。
侍の時代は終わった。
けれど、俺たちの生きた証は、決して消えない。
そして俺は、新しい時代を生きていく。
そうちゃんと共に、桜の下で誓った未来を胸に――