あの桜の木の下で

✿死闘に巻き込まれて✿

ミツさんが去った後も、俺の頭の中は混乱していた。
幼なじみ? 沖田総司が? 俺の? そんな馬鹿な……。

「……春樹?」

不安そうな声が耳に届く。顔を上げると、沖田さん――いや、総司が俺を見つめていた。

「……信じられないよね。でも、本当なんだよ。」

「……けど、俺は……覚えてなくて……」

悔しい。こんな大事なことを、なんで俺は忘れていたんだ?

「無理もないよ。」

総司は微笑んだ。

「だって、あの頃の春樹は私のこと"そうちゃん"って呼んでたし、私も春樹のこと"はるくん"って呼んでたんだから。」

「そうちゃん……?」

懐かしさと共に、記憶の断片が浮かび上がる。

「……あれ……? もしかして、あの木の下で泣いてた……?」

「そう、それ!」

総司の顔がぱっと明るくなる。

「はるくんは、私が男の子に間違われても"そうちゃんは女の子だ!"って必死にかばってくれたんだよ。嬉しかったなぁ……」

「……嘘だろ……」

そんな大切な思い出を忘れていたなんて……。

「でも、もう思い出してくれたでしょ?」

総司がニコッと笑う。その笑顔が、昔の"そうちゃん"の面影と重なった。

「……あぁ。もう忘れない。」

俺は小さく息を吐きながら、心の底からそう誓った。

それから暫くして、何故か団子屋に行くことになった。


「……いや、俺はいいよ。」

「えー? せっかくの休みなのに?」

「甘いのはそんなに……」

「じゃあ、お茶もあるから! 行こ!」

俺の返事も聞かずに、総司はさっさと歩き出す。……結局、俺に選択肢はないらしい。

団子屋「ふじや」にて

「いらっしゃい!」

暖簾をくぐると、店の女将さんが明るく迎えてくれた。俺たちは縁側の席に腰を下ろす。

「総司…相変わらず団子好きだよな……。」

何故俺が今"総司"と呼んでいるのかについては、本人に無理強いされたからだ。

「うん! だって美味しいし、戦のない時くらい甘いものでのんびりしたいじゃん?」

そう言うと、総司は串団子を一本取り、ぱくっと一口。

「ん〜! やっぱり、ここの団子が一番!」

嬉しそうに目を細めるその姿は、戦場で剣を振るう彼女とはまるで別人だった。

「ほら、春樹も食べなよ。」

「……まぁ、せっかくだし。」

俺も一本手に取って口に運ぶ。ふわっとした食感と甘じょっぱい醤油の風味が広がる。

「……うまい。」

「でしょ!」

満足げな総司を見ていると、不思議と心が落ち着いた。

「昔もさ、よくこうして食べてたよね。」

「……そうだったか?」

「うん! 春樹はいつも"団子より味噌田楽のほうが好き"って言ってたけど、結局私に団子を分けてくれた。」

「……そんなこともあったな。」

ぼんやりと記憶が蘇る。日野の町で、総司――いや、"そうちゃん"と一緒に、団子を食べながら笑っていたあの日々。

「ふふ、やっぱり変わってないね、はるくん。」

「……誰がはるくんだよ。」

「えー? 昔はそう呼んでたじゃん!」

「昔は昔、今は今だ。」

「じゃあ、"そうちゃん"もダメ?」

「それも昔の話だろ。」

「むぅ……」

不満そうに頬を膨らませる総司。

「……まぁ、別に嫌じゃないけど。」

「え?」

「呼びたきゃ好きにしろよ。」

俺がそう言うと、総司はぱっと顔を輝かせた。

「じゃあ決まり! これからも"はるくん"って呼ぶね!」

「……好きにしろ。」

俺はため息をつきながらも、悪くないなと思った。戦いの日々の中、こんな平和な時間もたまにはいい。

春の風が、俺たちの間をやさしく吹き抜けていった。
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