推しが近所に住むなんて聞いてません!
…やばい。思った以上に怖い。
それがお化け屋敷に足を踏み入れた率直な感想だった。中は廃れた洋館をイメージして作られていて、30分以上歩かないと外には出ることができない。そういえば、最近できたこのお化け屋敷は、この遊園地の目玉になったんだっけ、と記憶を手繰り寄せる。

「おい、もっと早く歩けよ。いつまで経っても出れねえじゃん」
と言う声が前の方から聞こえてくる。猫屋くんは少々怒っている様子だ。

「そ、そんなこと言われても…怖いものは怖いんだよ!ひゃっ」

何かが顔に当たった。上から水滴が垂れたのだ。

「ただの水滴だろ、演出だよ」

涙目になりながらも頑張って進む。
「そんなに怖いなら服の裾でも掴め」と猫屋くんは言ってくれたが、断った。
本物のカップルならば、しがみつくこともできるだろうが、そうは行かない。
正直しがみつきたい、そんな欲で心がいっぱいになるが、理性が勝った。
それに相手は、トップアイドルなのだ。
体がガタガタと震えながらも、なんとか半分くらいまで進んだ。しかし演出はどんどん怖さを増していく。
ひた…ひた…と後ろから変な音がした。振り返りたくない。
そう思ったものの怖いもの見たさからだろうか、つい振り返ってしまった。
そこには顔が血だらけの女の子…。自分が思っていたよりもずっと近くにいた。

「いやああああああああ」
とここ数年でいちばんの叫び声をあげ、走り出す。「お、おい!」と言う猫屋くんの声が聞こえた気がしたが、お構いなしに走り続ける。元々血はアニメでも苦手な方なのだ。
一目散に走り続けたせいか、何かに躓き、盛大に転ぶ。も、もうやだ…と起きあがろうとしたが、右足に痛みが走る。
「やば、挫いたかも」と声を漏らす。

あたりは真っ暗で、逃げ出す拍子に懐中電灯も落としてしまった。

誰か来るまで待っていよう、そういや猫屋くんの連絡先知らないな...ちゃんと待ち合わせできるかな。などとぐるぐる考えながら座っていた。そんな時
トントン、と肩を叩かれる。
「ひ、」と肩が震えた。この際お化けでも誰でも助けてくださいと思っていると、

「なにしてんだよ…」と心配した顔つきの猫屋くんがそこにいた。

「猫屋くん…」と呟くと、

「今はマオだっつってんだろ。いくぞ」

そう呟く猫屋くんはヒョイと私を持ち上げる。これは俗にいうお姫様抱っこなのでは…

「重いし、大丈夫だからおろして!それにアイドルなんでしょ?万が一...」
と焦った様子で口を開くと

「怪我人が口を開くな..少しは頼ってよ」ときっぱり言われ、出口まで運ばれる。
小柄な割に、がっしりとした体。そりゃあ体も鍛えているか、と納得しつつも、アイドルの時の可愛さとは裏腹に男の子なんだなあと思う。猫屋くんの体からは、ふわりと甘い香りがした。

空気を察したのか、出口までお化けは一人も出てこなかった。
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