推しが近所に住むなんて聞いてません!
「病院….連れてって…」

今にも意識がなくなりそうな掠れた声でそう呟く彼は間違いなく推しの猫屋くんだ。
これは夢か?現実か?とぐるぐる考え、ハッとする。そんなことを考えている暇はない。夢であっても今は彼を助けることが先決だった。すぐに救急車を呼び、念の為、バーのマスターにも報告する。
なんとなく二人でいるのが心細かったのだ。いや、二人で居られるのは不謹慎にも嬉しいが、目の前で人が倒れるなんて初めてだったので、助けられなかったらどうしよう、という不安が大きかったのだ。

しばらくして無事に救急車が到着した。付き添いを頼まれたものの、それはバーのマスターにお願いした。
そこはなぜだか冷静だった。マスコミに見られているのでは?という恐怖は多少あったが、それよりも、下心を猫屋くんに見透かされたくないという、プライドがあったのだ。病気で苦しんでいる彼を餌に近づくなんて、恥ずかしいと想ってしまったのだ。

それでもいい思い出ができた。彼は苦しんでいたものの、
一瞬だけ、目を合わせることができたのだ。

胸がいっぱいになりながら、今日まで生きていてよかった、と思う。
...それにしてもなぜ彼が、この場所にいたのか。駅前はそれなりに人は多いし、駅ビルもある。ただ、目立つものは何もなく、東京の中では家賃もお手軽なほうだ。道ゆく人の大半は、この駅が最寄駅の人たちだろう。トップアイドルが住みそうな場所ではないのだ。彼は一人で倒れていた。友達と遊んでいたわけでも仕事でもなさそうだ。
まさか、この近くに住んでいるのか?詮索欲に駆られるが、すぐにそれはダメだと押し切る。実際住んでいる可能性なんて低いし、プライベートまでのぞいていいはずがない。
マスターがいない以上、今夜はバーにはいけない。
病院へ運ばれた彼を心配しつつも、夢心地で家へ帰るのだった。

猫屋くんのインスタが更新されたのはそれから三日後だった。いつもとそう大差ない投稿だ。病院へ運ばれたことは特に書いていない。元気になったことが嬉しくて、「よかった。」と呟いた。
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