歪んだ月が愛しくて1
「ああ、もう焦れってぇな」
「あ…っ」
その言葉と同時に陽嗣先輩は身を乗り出し俺の手首を掴んで引き寄せた。
何をするかと思えば陽嗣先輩は俺の手を九澄先輩の掌に乗せて、更にその上から逃がさんとばかりに自分の手を乗せて来た。
「掴めるもんは掴んどけば?その方が何かと便利だぜ」
「便利って…」
そう言う問題じゃない。
何てことをしてくれたんだ。
「九澄もよ、手伸ばしてるだけじゃ捕まえらんねぇぜ。特にりっちゃんみたいな子はな」
「そのようですね」
「ほれ、お前も」
陽嗣先輩が言い終える前にずしっと手に体重が掛かる。
隣を見れば満面の笑みを浮かべる未空と目が合った。
「これで俺達友達だね!」
「………」
ポカンと呆けるしかない。
……何それ。
「りっちゃんが悪いんだぜ、俺達を焦らすから」
「やっと捕まえましたよ」
「嫌って言っても離してあげないけどね」
どいつもコイツも勝手なことばかり言ってくれる。
誰が友達になるって言ったよ。
人の話は最後まで聞きましょうって習ってねぇのかよ。
平穏が音を立てて崩れ落ちていく気配がする。
こうなることを見越してここに入れたんじゃないだろうか、と文月さんの憎たらしい顔を思い浮かべて内心イラッとした。
『それにお前の正体を隠すのにもとっておきの隠れ家だと思うぜ』
あんなこと言って安心させたくせに結局はこれだ。
そうまでして俺の嫌がることしたいか?
……いや、アイツならするな。即答でYESと言うに違いない。文月さんはそう言う奴だ。
「……何してる?」
不意に背後から響いた冷涼な声に振り返った。
……あ。
下が騒がしいと思ったら今度は王様の登場ですか。
今日は厄日だな。最悪。
「あ、尊だ」
「何でお前がここにいんの?誘ってもねぇのに」
「貴方がここに来るとは珍しいですね」
俺と手を合わせる3人は会長の言葉を無視して好き勝手に言葉を並べる。
互いに信頼関係が築けているからこその所業に何とも言えない感覚が込み上げる。
「質問の答えになってねぇよ」
「だって見れば分かるじゃん」
「察しろよな」
「空気を読むことは大切ですよ」
「分かんねぇから聞いてんだよ」
不意に会長と目が合ってしまった。
うわっ、最悪。
「何でここにいる?」
途端、ジロリと睨まれた。
最早何も言う気にはなれずプイッと視線を外した。
「テメー…」
顔を見ずとも声を聞いただけで会長の感情が手に取るように分かる。
でも会長のご機嫌を取るつもりは毛頭ない。百害あって一利なしだ。無視しよう。