歪んだ月が愛しくて1
「やっぱりここにいたか」
その声と同時に屋上の扉が開いた。
扉が開くまで第三者の気配に全く気付かなかった俺は動揺のあまり指に挟んでいた煙草をアスファルトに落としてしまった。校内で煙草を吸っていた後ろめたさから動揺したのではない。衣服が擦れる微かな音、階段の上る音、ドアノブを回す音、それら全ての気配をまるで感じなかった。本来なら当然あるべき音や気配が全くと言って感じ取れなかった不自然さに動揺したのだ。
扉が完全に開くまでのほんの僅かな間で俺の警戒心はマックスまで高まった。
そんな時、隣にいた紀田先生の手が俺の肩に乗った。視線だけを上げてその表情を盗み見ると、紀田先生はどこか楽しげに目元を細め口元を緩めたまま扉の方を見つめていた。紀田先生の真意が分からず無意識に眉を顰めるといつの間にか扉は完全に開け放たれ…、
「よ、りき…?」
屋上に現れたのはクラスメイトの頼稀だった。
少し気怠げなその姿に俺の警戒心が徐々に薄れていく。
「何だ、お前もヤニ切れか?」
紀田先生は先程と同じ楽しそうな顔で頼稀の反応を窺っているようだった。
ああ、だからさっきからニヤニヤしていたのか。
てか先公の第一声がそれってどうよ。
「アンタと一緒にすんな」
ご尤も。
俺も人のことは言えた義理じゃないが。
「じゃあ何の用だよ?まさか立夏との逢瀬を邪魔しに来たとか?」
「逢瀬?誰と誰が?」
「俺とお前に決まってんだろう」
「寝言は寝て言えば」
「寝てたら言えませーん」
「……殴ってもいい?」
「暴力はやめろって。一応お前の担任なんだから」
反面教師が何言ってんだか。
「で、風魔は何しに来たんだよ?」
「放送は聞こえた?」
「「放送?」」
頼稀の言葉に俺と紀田先生は首を傾げた。
「その様子だと聞こえてなかったみたいだけど、高橋が第一会議室まで来いって呼んでだぞ」
「ハゲが?いい、いい、そんなの放って置けよ」
「別に俺は(アンタがどうなろうとどうでも)いいけど、今日って職員会議の日じゃねぇの?」
「ちゃうちゃう。会議は毎週水曜で今日は………あ」
「だから水曜だって」
「ベタ」
紀田先生は自分のスマートフォンを取り出してディスプレイを確認する。
「てへぺろ。勘違いしちゃった♡」
「「早く行け」」
何がてへぺろだ。気色悪い。
大の大人が声変わりした低い声でぶりっ子しても気持ち悪いだけなんだよ。
「面倒くせぇな。サボってもいい?」
「俺に聞かれても」
「立夏が許してくれるならサボる」
「じゃあ行け」
「え〜」
紀田先生の不満を無視して手を伸ばす。
紀田先生の口から火の点いた煙草を奪って口に銜えて。
「これは貰ってあげるから」
態と見せびらかすように唇で煙草を挟む。
「お、お前な…っ」
「ん?」
「……だから、どこでそう言うこと覚えて来んだよ」
そう言って紀田先生は俺から視線を逸らし頭を掻きながら屋上の扉の方へと歩き出した。
「しゃーね。ハゲに怒られてくっか」
「あれ以上ハゲさせんなよ、惨めだから」
「俺のせいみたいに言うなよ」
「アンタ以外に誰がいんだよ」
「ホスト教師も伊達じゃないな」
「誰がホスト教師だ。元を付けろ、元を」
「え、マジでホストだったの?」
「マジマジ。これでも元No.1だぜ」
「………夢?」
「じゃねぇよ!」