歪んだ月が愛しくて1
数ヶ月前、俺は文月さんのせいで聖楓学園への入学を余儀なくされた。
中学の頃から色々あって不登校だった俺は出席日数も足りなければ高校受験に受かるだけの学力もなかった。
始めは就職を考えていたが兄ちゃんの希望もあり文月さんに言われるがまま文月さんの経営するこの聖楓学園高等部に入学することとなってしまった。
文月さんの思惑通りに事が進んでいるのは面白くないが兄ちゃんの名前を出されたら従わざるを得ない。
こんな俺なんかを見捨てないで育ててくれたのは兄ちゃんだけだから。
でもこれは良い機会なのかもしれない。
この想いと決別するためにも。
「―――立夏様」
凛とした澄んだ声が俺の名前を呼ぶ。
すると突然の大きな機械音と共に煉瓦造りの門扉が音を立ててゆっくりと開いた。
「お待たせ致しました」
サラッと、風に靡く長い黒髪。
門扉の向こうから現れた真っ黒のスカートスーツを身に纏うその姿に見覚えがあった。
「お久しぶりでございます、立夏様」
「……久しぶり、哀さん」
文月さんの秘書の哀さん。
名字は知らないが昔から文月さんがそう呼んでいた。
こんな俺なんかにも深々と頭を下げる哀さんは昔と変わらず綺麗で何もかも見透かすような瞳でじっと俺から視線を逸らさない。
「お迎えに上がりました」
ああ、嫌だ。嫌過ぎる。
行きたくない。本当バックレたい。
だってこの門を潜ったらもう後戻り出来ないじゃん。帰れないじゃん。帰りたい家もないけどさ。
「では参りましょうか」
「……はい」
そんな俺の心境を知ってか知らずか、哀は有無を言わさぬ完璧な笑顔で俺の文月さんに対する反抗心を削ぎ落として学園内へと導いた。