歪んだ月が愛しくて1
その声にバッと振り返る。
そこには壁に凭れながら冷ややかな視線を向ける会長が立っていた。
「何で…」
予想外の人物の登場に驚きを隠せない。
「質問に答えろ」
刺々しい低い声が答えを急かす。
『死にてぇのか?』
そんなの…、
「死にませんよ」
死にたくても、死ねない。
死ぬ勇気すら今の俺にはなかった。
「……いつからそこにいたわけ?」
会長の気配にまるで気付かなかった。
扉が開いた錆付いた音も聞こえなかった。
つまり今さっきここに来たんじゃないと言うことになる。
「さっき」
若しくは単に俺が気付かなかっただけか。
だとしたら末期だ。終わってる。
ハッと、短く息を吐いて立ち上がる。
ズボンのポケットからスマートフォンを取り出して時間を確認すると既に15時を回っていた。
「最悪…」
誰にも聞こえないように小さな声で呟く。
「何故、そっちにいる?」
ふぅ…と、紫煙が吐き出される。
煙草の煙が空へと上って行くのが見える。
「……アンタには関係ない」
不意に乾いた笑みが聞こえた。
「まるで境界線だな」
「、」
驚いた。
まさか言い当てられるとは思わなかった。
……この人、やっぱり苦手だ。
「随分ときっちり引いたもんだな」
「………」
会長の黒曜石が俺を捉えて何かを暴こうとする。
心の奥底に隠したものが疼く。
四肢がムズムズするような気持ち悪い感覚。
「……そう思うなら、どっか行けよ」
それは俺にとって危険信号みたいなものだった。
この男はダメだと俺の直感がそう言っていた。
「邪魔」
「………」
消えろ。
消えろよ。
「どいつもコイツも目障りなんだよ」
俺の目の前から、今すぐに。
「何なんだよ、アンタ等…」
目障りな光が瞼の裏にチラつく。
物理的なものじゃない。ましてや今はもう夕暮れだ。光なんてものは見えるはずがない。
でもその微かな光のせいで目の前にいる人物を直視することが出来なかった。
気に入らない。
眩しくて、眩しくて。
目を背けたくなるような彼の存在に押さえ込んでいたものが溢れ出る。
しかし次の瞬間、バンッと大きな音が俺の言葉を遮った。