歪んだ月が愛しくて1



「立夏くん、少しでも食べた方が良いんじゃない?僕のサンドイッチで良かったら食べない?」

「悪い、朝は本当に食えねぇんだ…」



気遣ってくれた葵の申し出をやんわりと断る。

申し訳ない。



「勿体ないの。葵のサンドイッチは絶品なんだぜ」

「そうなの?」

「そんなことないよ。希くんの手料理だって凄く美味しいって頼稀くんから聞いてるよ」



すると俺の横で頼稀は「あー…」と言葉を漏らしながら罰が悪そうに頭を掻いた。



「ふーん、頼稀がそんなことをね…」

「……何だよ」

「べっつにー!」

「ニヤニヤしてんじゃねぇ」

「ニヤニヤなんてしてませーん!」

「してんだろうが気持ち悪ぃ」

「気持ち悪くてもいいもーん。今スゲー気分良いから」

「チッ」

「はいそこっ!イチャイチャしない!羨ましいでしょうが!」

「してねぇよ」

「照れんなよ」



どうやら頼稀は無愛想な上に素直じゃないらしい。強ち希の言ってることも間違いじゃないみたいだ。



「……希」

「ん?」

「昨日のキムチ鍋美味かったよ。ありがと」

「お粗末サマ。でも鍋なんて誰が作っても変わんねぇよ」

「そんなことないよ。僕も食べたかったな」

「今度誘うな」

「……てか、俺その話聞いてないんだけど」



すると不機嫌そうな未空の声が聞こえた。



「ごめん、俺だけご馳走になって」



未空もキムチ鍋好きだったのか。知らなかった。



「違くて!確かにのんちゃんの飯も食べたかったしキムチ鍋も好きだけど!そうじゃなくて何で頼稀とのんちゃんがリカのこと独占してんのさ!?」

「は?」



独占?



「お前、マジで妬いてたのか?」

「男の嫉妬は醜いぞ〜」

「嫉妬じゃない!ヤキモチだもん!」

「それ同じ意味だよ」



昨日は頼稀と一緒に希の飯をご馳走になった。
昨日だけじゃない。頼稀に俺の正体を見破られた1週間前から頻繁に夕食をご馳走になっていた。
希は中等部から頼稀と同部屋でその頃から食事担当なだけあって料理の腕は文句なしだった。
でも2人の間に流れる温かい雰囲気に時々居た堪れない気持ちになる。
手料理を振舞える人がいる希も、「おかえり」と言って自分の帰りを待っていてくれる人がいる頼稀も。ただルームメイトがいるからって理由じゃない。
俺にはないものを持っている2人が酷く羨まして思えてならなかった。



『無いもの強請りしてんじゃねぇよ』



乾いた笑みが口元から漏れる。

文月さんが言ったようにどうやら俺が欲しかったものは一生手に入らないもののようだ。


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