歪んだ月が愛しくて1
ふと北棟の窓から外を見ると、四つの校舎の中心に聳え立つ5階建ての建物が見えた。
「哀さん、あれが文月さんのいる中央棟ですか?」
「その通りです。先程あちらへはご案内しませんでしたが、この後…」
Prrr…
その時、哀さんのスマートフォンが鳴った。
「立夏様失礼します。……はい」
電話口の対応からして相手方は目上の人間なんだろう。
いや、哀さんは誰に対しても殆ど敬語か。
哀さんが電話中暇だったので俺はもう一度窓の外に視線を向けた。
「ロ」の形をした四つの校舎から「・」までの間には最初に通った中央広場の縮小版みたいな綺麗な庭園が設けられていた。ここの生徒達は中庭と呼んでいるらしい。
確かに見事な庭園だった。中央広場までは結構な距離があるため滅多に足を運べないが、その分中庭の色鮮やかな草花や小さな噴水が荒んだ心癒してくれそうだ。
反対に「ロ」の外側は裏庭と呼ばれ中庭のような庭園があるわけではないため滅多なことがない限り人が立ち入ることはないらしい。
(滅多なこと、ね…)
暫くして哀さんは「承知しました」と言って通話を終了させスマートフォンをスーツの左ポケットに仕舞った。
「……電話、大丈夫ですか?」
「はい。主人からでした」
「文月さんから?」
その名前に嫌でも反応する。
所謂拒否反応って奴だ。
「……何て?」
気にしたら負けだと分かっていても聞かずにはいられなかった。
「この後、立夏様には入学手続きのため理事長室来て頂くはずだったのですが、主人に緊急の社内会議が入ってしまい立夏様には大変申し訳ありませんがこのままクラスまでご案内させて頂きます」
「寧ろそうして下さい」
文月さんに会わなくて済むなんてこれほどラッキーなことはない。
聖学に来たらこれまで以上に文月さんから逃げられないと思っていたが案外そうでもないかもしれない。
文月さんの言葉を鵜呑みにするわけじゃないが、ここまで外部と隔離された空間を目の当たりにして改めて隠れ家としての機能を果たしてくれそうだと期待した。
「ふふっ、立夏様ったら」
「え、」
哀さんが、笑った…?
え、何?
何事?
「そんなに会いたくありませんか、主人に?」
何事かと思えば。
今更そんなこと聞かれても困る。
どうせ俺の答えだって分かってるくせに。
「当然」
俺と文月さんの仲の悪さを一番知っているのは哀さんだ。
勿論俺が文月さんを避けていることも知っているはず。
「哀さんなら知ってるでしょう、俺がアイツを嫌いなこと」
「存じております」
「だったらくだらないこと聞かないで下さいよ」