歪んだ月が愛しくて1
文月さんの名前を聞くだけで増す不快感。
ムカつく。
イライラする。
文月さんに対してそれ以外の感情なんてない。
「気分を害されたのなら謝罪致します。ですが…、主人はとても寂しい方なんです」
それなのに哀さんは俺に何を植え付けたいのか。
「寂しい?」
アイツが?
「嘘」
「本当です」
理解出来ない。
「信じて頂けませんか?」
そんな顔されても困るが俺の答えは同じだ。
「……信じられるわけない」
絶対信じない。
文月さんが寂しいなんて有り得ない。
(信じたくても…)
あの目、あの声が、俺を過去へと引き摺り込む。
自分のことすら見失うほどの真っ暗な闇の中へと。
「哀さんがアイツのことを庇うのは分かるけど、俺にはアイツが寂しいなんて殊勝なこと思ってる人間には到底思えません」
まだ抜け出せない。
誰も、抜け出せない。
「庇っているつもりはございません。私は真実をお伝えしたまでです」
「………」
それは願望のように聞こえた。
哀さんからしたら文月さんは雇い主で恩人だから悪く言われたくない気持ちもあるだろう。
そんな哀さんには申し訳ないが俺と文月さんの溝はきっと埋まらない。
そのくらい深くて、暗くて、底が見えないのだ。