歪んだ月が愛しくて1
その名前にバッと顔を上げる。
改めてよく見るとどこか見覚えのある後ろ姿に低い声。
そして日本人離れしたキラキラと眩しい金髪。
徐にその姿が明らかになる。
……間違いない。
絡まれている彼こそが現在行方不明中のお騒がせ会長だった。
でも何で会長がここに?
あの人が虐められるタイプには到底見えない。寧ろ逆ではないだろうか。
そんな疑問が浮上する中、男子生徒の1人が口を開いた。
「よくも俺の女に手出してくれたな!」
「女?」
「しらばくれてんじゃねぇぞ!」
「マイって女だよ!忘れたとは言わせねぇぞ!」
「“神代”だからって粋がってんじゃねぇよ!」
……ああ、そう言うこと。
それなら会長が絡まれてるのにも納得がいく。
会長のほどのイケメンフェイスなら選り取り見取りだろう。
相手には申し訳ないが会長と比べたら月と鼈だし。天は二物を与えずってあれ嘘だな。
「知らねぇな。テメー等ブサ男と違って女なんて腐るほど寄って来るから一々覚えてるわけねぇだろうが」
「ブサっ!?」
うん、間違えた。
この人に二物はない。だって性格破綻してるもん。
「まさかテメーの女寝取られて腹立ててんのか?だとしたらとんだお目出度い頭だな」
「んだと!?」
「テメーの女が誰にでも股開くような売女だって教えてやったんじゃねぇか。感謝されこそすれ恨まれる筋合いはねぇな」
「テ、メー…っ‼︎」
……本当、性格悪い。
彼等が吠えるのも無理はない。
俺が当事者でも絶対文句言うし寧ろぶん殴ってると思う。
しかしこの状況は会長にとって圧倒的に不利だ。
多勢に無勢で一般人なら尚のこと。
それなのに会長は相手を挑発することをやめようとしない。
本来の性格故か、それとも故意なのか。どちらにせよ会長は彼等の怒りをどう鎮めるつもりなのだろうか。
「この野郎、よくも人の女をバカにしてくれたな!土下座して謝れば許してやろうと思ったがもう我慢ならねぇ!」
「やっちまおうぜ!」
「おう!」
その言葉を合図に男達が一斉に会長に襲い掛かる。
血走った目を見開き会長目掛けて走り出す姿は正に獣。
ただそんな獣を前にしても何も感じなかった。
込み上げるものが何もない。
所詮その程度と言うことか。
(つまらない…)
見たところ凶器は持っていないようだからすぐに片付けられるが後処理が厄介だな。
何より双方の口を塞ぐのが面倒だ。どうしたものか。
でも無意識に足の裏に力が入る。
いくら面倒臭くても、相手があの会長でも、目の前でリンチ紛いなことされたら胸糞悪くて堪ったものじゃない。
そう思っていたはずなのに。
『…ごめん、シロ……』
「、」
不意にいつか見た映像が頭の中に流れた。
スローモーションのように流れる光景は過去に犯した罪そのものだった。
その光景に思わず身体が強張り動けなかった。
目の前には会長に迫る、多数の獣。
間に合わない…、と思った矢先。
「いくら神代でもこの数には勝て…、」
不意に会長の口元が弧を描いた。
次の瞬間、呻き声と共に何かが飛んで来た。