歪んだ月が愛しくて1



「―――誰が勝てないって?」



飛んで来たものの正体は先程までピンピンしていた男子生徒だった。
俺の足元まで吹っ飛ばされたそれはピクリとも動かず完全に伸び切っていた。



へぇ…。

端っから鎮めるつもりはなかったってことね。



「テメー等、誰に喧嘩売ったか分かってんのか?」



その言葉にグッと言葉に詰まる男子生徒達。
彼等の顔には一瞬躊躇いの表情が見て取れた。



「っ、……ざ、ざけんなっ!いつまでもお山の大将気取ってんじゃねぇよ!」

「分かってんならいい。但し…」



会長は襲い掛かる無数の拳をリズミカルに躱す。
男子生徒達が会長の背後に回り背中から羽交い絞めされそうになるがそれを難なく躱し自滅させた。



「がはっ!」

「ぐあっ!」



無駄のないしなやかな動き。
確実に急所を狙い打つ拳の正確さ。
細身な割にしっかりとした体感と身軽で柔軟性のある足腰。



(綺麗…)



そんな思考に頭を振る。
何が綺麗だ、アホらしい。
喧嘩なんてくだらない。こんなものは力を持った人間の娯楽に過ぎない。



『―――制御出来ない力は身を滅ぼすだけだ』



あの時は分からなかった。
でもその言葉の意味を理解した時には既に手遅れだった。
もう二度と同じ過ちを繰り返したくはない。その一心で俺はあの世界を去った。



それなのに…、



「覚悟しろよ」



妖しく光る黒曜石にゾクッと鳥肌が立った。



……ああ、そうか。



会長の中にもいるのか。

牙を研ぎ澄まし息を潜める、獰猛な獣が。



会長のせいで俺の中に棲まうアレが反応する。



―――まだ、暴れてくれるなよ。



「ぐはっ!」



それにしても会長って何者だ。
この数を相手にして呼吸一つ乱れてないなんて到底素人には思えない。とは言え奴等と同じ臭いはしない。
つまりただの御曹司じゃないと言うことか。



「お前等一旦引くぞ!」



その声に顔を上げると、そこには会長がトドメを刺し損ねた男子生徒の1人が必死な形相でこちらに向かって走って来ていた。いや、会長から逃げようとしているのか。



自分だけは助かりたい。

そんないけ好かない根性丸出しで情けない。



「邪魔だぁあああ!!」



どうやら俺は彼の行く手を邪魔しているらしい。立ち位置的に。そんなつもりはないのだが。
でも邪魔って言われるのは少し……いや、かなり不本意でテメーに言われる筋合いねぇんだよとか、だったらテメーが避けろとか思うことは沢山あったので、俺はあえて男子生徒の前に立ち塞がることにした。意地が悪いのは自覚している。



「邪魔すんじゃねぇ!」



いや、短気なだけかも。



男子生徒は走りながら俺に向かって拳を振り翳す。
そのスピード、その距離からの攻撃で本当に当たると思っているのだろうか。笑わせてくれる。



「邪魔はそっち」



放たれた拳が当たる寸前のところで左足を軸に体勢をずらし右足を前に出す。
するとあーら不思議。男子生徒は俺の出した足に躓き団栗ころころの勢いで転がって行きましたとさ。めでたし、めでたし。
















「……何やってんだ、お前?」





……なわけないか。


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