歪んだ月が愛しくて1
「こちらが立夏様の教室になります」
哀さんは1年C組のプレートが掛けられた教室の前で立ち止まった。
室内が騒がしいことから俺以外のクラスメイトは既に揃っているようだ。
「こちらで少々お待ち下さい」
「哀さんは?」
「担任を呼んで参ります」
え、呼び出すの?
「失礼致します」
そう言って哀さんは教室の中に姿を消した。
「別に呼ばなくていいのに…」
大して担任と話すことはない。寧ろ話し掛けないで欲しい。そっとして置いてくれ。
そのためにあんな条件まで出してここに来たと言うのに悪目立ちなんて死んでも御免だ。
暫くして哀さんは教師らしかぬ男と教室から出て来た。
その男は赤に近い茶髪にヨレヨレの紺色のスーツを着用しだらしなくネクタイを緩めている如何にもホスト風の男だった。
「立夏様、ご紹介致します。彼が今日から立夏様の担任となる紀田芳行先生です」
「担任?」
ホストじゃなくて?
「お前が立夏か」
「………」
初対面のくせに馴れ馴れしく俺の名前を呼ぶホスト教師こと担任の紀田先生はニヤニヤとした口元と舐めるような視線で俺を見据える。
バカにされているようであまり気分が良いものではない。
「紀田先生、くれぐれも立夏様に粗相のないように」
「分かってますよ。文月にもしつこいくらい念を押されましたからね」
「宜しくお願い致します。では立夏様、私はこれで。何かありましたらいつでも理事長室にいらして下さい」
「はい。ありがとうございました」
まあ、絶対行かないけどね。
哀さんの後ろ姿を見送る中、真横からヒシヒシと伝わる視線が気になって仕方ない。
「………」
「………」
「………」
「………何?」
うざい。
「マジで文月の言う通りだな」
その名前に無意識に眉を顰める。
「文月さんのこと知ってんの?」
「知ってるも何もアイツとは腐れ縁だからな」
「……友達?」
「そうとも言うな」
通りで文月臭がプンプンするわけだ。
てか、早速約束破りやがったな。
絶対に俺とのことを口外するなって言ったのに、あのペテン師野郎め。
「改めて自己紹介な。今日からお前の担任になる紀田芳行だ。紀田大先生様と呼ぶように」
「はい、紀田先生」
「おい、人の話聞いてねぇだろう」
「聞いてますよ。無視しましたけど」
「お前見た目に寄らず図太いな」
「見た目に寄らず?」
「綺麗な顔してるくせに口が悪い」
「悪口?」
「本当のことだろう」
やっぱり悪口じゃん。
「あ、忘れるとこだった。はいよ、これお前さんに」
紀田先生は胸ポケットから何かを取り出して俺に手を出せと目で訴え掛ける。
「文月から頼まれたんだよ、お前にこれを渡すようにってな」
そう言って差し出されたのは生徒手帳と金色に光る校章だった。
「……どうも」