歪んだ月が愛しくて1
「しかも、よりによって陽嗣様にあんなことさせるなんて…っ」
「あんなこと?」
「恍けないでよ!食堂で陽嗣様にあんな醜態を…っ、僕見てたんだからね!」
食堂?
醜態?
「………あっ、」
頭に過ったのは俺の口元に舌を這わせた妖艶な雰囲気を纏う、あの男。
ああ、クソ。思い出したくないことを…。
「勘違いしない方がいいよ。君が陽嗣様に構ってもらえるのはただ毛色が珍しいってだけなんだから!そうじゃなかったら君のような奴が陽嗣様のお傍にいられるはずないんだよっ!」
白樺は唇を噛み締めながら俺を睨み付ける。
子犬に牙を剥かれた程度の睨みに正直何にも感じなかった。欠伸が出そう。
「君なんかに陽嗣様は渡さない!」
「………」
ふーん…。
つまり俺が陽嗣先輩と一緒にいるのが気に食わないってわけね。
白樺の気持ちは分からなくないがそれは無意味な杞憂に終わるだろう。
何たってその張本人こそがこの茶番を仕組んだ犯人なんだから。
(可哀想に、利用されちゃって…)
「傍に置いてもらえるからって良い気になるなよ!」
「お前みたいなのが構ってもらえるなんて結局覇王様の気まぐれなんだからな!」
「今だけなんだよ!」
今だけって言うなら放って置けばいいものを…、取り巻き達は俺が何も言わないことをいいことに更に暴言を吐き捨てる。
「大体お前みたいなのが覇王様の傍にいること自体目障りなんだよ!」
「クイーンや白樺さんならまだしもお前みたいなブサイク眼鏡が本当に覇王様に相応しいと思ってんの?」
クイーン?
……誰それ?
覇王とお似合いと言われるくらいだから相当顔が整った人なんだろうが、転入してから今まで“クイーン”と呼ばれる人にお目に掛かったことがないから判断の仕様がなかった。
「まさか自分だけが覇王様に気に入られてるとでも思ってる?」
「言って置くけど、僕達覇王親衛隊だって沢山可愛がってもらってるんだからね。自分だけなんて思わない方がいいよ」
「結局お前は覇王様が飽きるまでの玩具でしかないんだよ」
「一時の気まぐれだってことを自覚しろよな」
「自意識過剰も大概にしとけよ」
クスクスと顔を合わせて笑う声が俺の頭に響く。
(気まぐれ、ね…)
取り巻き達が俺を貶めたい気持ちはよく分かる。
でも俺にとっては“一時の気まぐれ”の方が都合が良かった。
そんなことを露ほども知らない愚か者共が満足げにほくそ笑む。
「これは警告だよ。これ以上覇王様達に近付いたらどうなるか…、これで分かったよね?」
威嚇?牽制?
……いや、どっちでもいいか。
とりあえず貴重な体験はさせてもらった。
子犬如きに牙を剥かれるなんて貴重以外の何者でもない。
ヤバい。ウケる。