歪んだ月が愛しくて1



「文月から預かった。これを付けて生活しろとさ」



分からないのは文月さんがこれを渡した理由だ。



「……俺、目悪くないんだけど」

「それに度は入っていない。軽い変装用だ」

「変装?何で?」

「いいから掛けてみろよ」

「………」



何か釈然としない。
取り敢えず紀田先生に言われた通り渡された眼鏡を掛けてみた。



「掛けたけど」

「っ、」



確かに度は入っていない。
眼鏡なんて初めてだから慣れない視界に眉を顰める。



「せーんせ?」



声を掛けても応答のない紀田先生を不審に思い下から覗き込むと。



「おまっ、それやめろ!」



すると紀田先生は突然大声を上げて俺の肩を掴んで自身から遠ざけた。



「何?」



自分が掛けろって言ったくせに。



「似合い過ぎだろう…」

「は?何?聞こえないんだけど」

「いや、流石だと思ってな。そんなセンスの欠片もねぇ昭和眼鏡をよくそこまで使い熟せるもんだ」

「昭和眼鏡?……もしかしてこれってダサいの?」

「一般的にはな。でもお前の場合は見方にもよるな。普通そんな眼鏡掛けてたら一発でオタク認定されっけど、流石にこの距離じゃお前の容姿を全てカバーするのは無理みたいだからな」

「オタク…。俺の見た目ってそんなにダメ?眼鏡でカバーしなきゃいけないほどだとは思わなかった…」

「は?お前何言ってんの?」

「だから文月さんが眼鏡寄越したの?その不細工な面を見せるなってこと?」

「あー…(そっちか…。こりゃ文月も苦労するな)」



これまで自分の容姿を気にしたことがなかったから今の今まで知らなかった。
俺の顔はそんなに見るに堪えないものだったのか。
これを掛ければ少しはマシになるってこと?今更?
他人にどう思われようと知ったこっちゃないと思っていたが、まさか眼鏡を掛けなきゃいけないほどとは思わなかったから地味にショックだ。



「と、兎に角、それは渡したからな。使うか使わないかは自分で決めろ。俺は強制しない」

「決めろって言われてもな…」



不細工が少しでもマシになるなら掛けた方がいいんだろうけど、正直他人にどう思われようとどうでも良かった。
ただ今日まで自分が見るに堪えない顔だってことを知らずにのうのうと生きて来たことにショックを受けているのであって今更他人の評価を気にしているわけではない。
ただ…、



「先生がそれ決めちゃっていいの?アイツに何か言われたりしない?」

「……お前、可愛いとか言われない?」

「は?アンタ頭大丈夫?」

「あー…これが無自覚って奴か。文月も大変だな」

「何が?大変なのはこっちの…」



その時、俺の言葉を始業を知らせるチャイムが遮った。



「もうこんな時間か。案外時間食っちまったな」



アンタの話が長ぇからだよ。



「まあ、最低限必要なことは話したし今日のところはこのくらいにしといてやるよ。後は慣れだな慣れ」

「適当」

「良いんだよ今は。最初から何でも知ってたら面白くないだろう」



面白い面白くないの問題じゃないと思うが。



「じゃあ俺は先に入るから合図したら入って来いよ」



そう言って紀田先生は俺を廊下に取り残して教室の中に入って行った。










………ん?



あれ、何か可笑しい。



「入学式がない」



普通春と言えば入学式じゃねぇの?



これは、もしかして…。



「おーい、入って来い」



扉の向こうから聞こえた紀田先生の声。

俺は嫌な予感を抱きつつそれを払拭するかのように教室の前で深呼吸をしてそっと扉に手を掛けた。


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