歪んだ月が愛しくて1
そう言えば尊が立夏くんの前で名前を呼んだことは一度もない。
でも僕達にとってはそれが当たり前で特に違和感を抱くこともなかった。
ただでさえ尊が生徒会室に僕達以外の誰かを招くことも他人に執着することも初めてでもう十分過ぎるくらいの衝撃を受けていた。
「決まりだな」
「後で吠え面掻いても知らないから」
「相変わらず威勢だけは良いな。精々俺を楽しませろよ」
「そっちこそ」
本人は隠しているようですが、尊が立夏くんに興味を持っていることは確かだった。
他人のために王様自らが重い腰を上げて捜しに出向いた。
そんな稀有な存在は今までお目に掛かったことないですからね。こちらとしても驚きですよ。
『確かめに行く』
立夏くんを捜し出して、確かめて、本人は自覚したんでしょうかね。本当に世話が焼ける。
不意に立夏くんが席を立つと尊は目敏くそれを追及した。
「どこへ行く?」
「約束があるんで帰ります」
「約束?」
「えー、りっちゃんもう帰っちゃうのぉ?」
「はい。また明日来ます」
「ふふっ、今日はちゃんと来てくれましたもんね」
「……これからはなるべく来ます」
「毎日来て下さいね」
「………」
「立夏くん?」
「……はい(脅しだ)」
念を押したのは言質を取るためだ。決して脅しではない。
こうでもしないと立夏くんは色々と自覚してくれそうにありませんからね。まあ、念には念をってことで。
「じゃあもう行くんで…」と居心地の悪い視線を遮るかのように再び足を進めようとした時、またもや尊が立夏くんの腕を掴んで行く手を阻んだ。
「誰とだ?」
「は?」
「だから誰と会うつもりだって聞いてんだよ」
「………」
その言葉に僕を含めた尊以外の4人はキョトンと目を点にした。
ああ、これは…。
「おいおい、どんだけソクバッキーよ?」
「何か尊が奥さんを寝取られた旦那に見える…」
「未空、それはシーですよ」
「そこの3人は黙っとけ。お前も無視してんじゃねぇよ」
「……それは会長に言わなきゃいけないことなの?」
「お前、もう忘れたのか?」
尊の言葉に立夏くんは何かを思い出したように「あー…」と声を漏らす。
おやおや、いつからそんな親しげになったんでしょうね。益々興味深い。
「で、誰とだ?」
「……クラスの奴と一緒に飯食うだけですよ」
「名前」
「頼稀と希」
「………」
「え、何その目?文句あんの?」
「はいはい、そんな目しないの。頼稀とのんちゃんはただの友達だから。ほらこの前食堂で会ったでしょう?」
「………」
尊はブスッとした表情を崩すことなくそのままソファーに深く座り直した。
その顔を見る限り納得してないのは明白だが感情を表に出すこと自体稀である尊のその様子に無意識に口元が緩むのを感じた。