歪んだ月が愛しくて1



息を殺して耳を澄ませていると次第に複数の足音が遠ざかって行く。



「………行った?」

「多分な」



裏庭は木々に囲まれているせいか案外見つかり難いようだ。
木の上に登ったり太い幹の後ろに隠れたり現代版忍者みたいに身を隠す。流石に水の中には隠れたくないけど。



「このまま走り続けていたら確実にスタミナ切れで捕まる」



それは肩で息をする頼稀からの提案だった。



「ここってどこ〜?」



木の上に登った未空が辺りを見渡す。



「おい、そっから何か見えないのか?」

「うーん、見えるとしたら……森?」

「まんまじゃん」



未空の言葉に俺と頼稀はガクッと肩を落とし溜息を零す。



「後どれくらい逃げればいいんだろう…」

「約1時間ってとこだな」

「それなら楽勝じゃん」

「……それはどうだろうな」

「え?」



その言葉に少し遅れて周囲が騒めき立つ。



「見つけたぞ!こっちだ!」

「はぁ!?また追って来たのかよ!?」

「………」



バタバタと複数の足音が近付いて来た。
その数からして相当の追手が控えているようだ。



「しつけぇな…」



走っても走っても減らない追手と蓄積した疲労のせいで無意識に拳を握っていた。



「暴力はんたーい」

「ゔっ」



見られてたのか。クッソ。



「わ、分かってるよ…」



いくら俺でもそこまでバカじゃない。
それでなくてももう二度と無意味な喧嘩はしないと心に誓ったんだ。



「とは言え、埒が明かねぇな」



次々と増えていく追手に頼稀は忌々しそうに舌打ちする。
地上の追手に気付いた未空も勢い良く木の上から飛び降りて頼稀と一緒になって俺を背中に隠した。



「こうなったら立夏は先に行け」

「ここは俺達で何とかするからリカは先に逃げて」

「は?俺だけ?」

「……お前、喧嘩したくねぇんだろう?」

「それはそうだけど…」

「だったらお前は先に行け。いくら俺でもお前と未空を連れてこの人数を走って切り抜けるの無理だからな」

「何する気?」

「聞きたいか?」

「………いい」



俺の言葉に満足したのか頼稀は穏やかに微笑んで俺の頭に手を置いた。
こんな時でも俺を優先する頼稀に呆れて何も言えなかった。
アゲハの命令だからって俺にそこまでする価値なんてないのに…。



「奴等の狙いはお前だ。神代会長以外にもお前を狙っている奴等がいるってことを忘れるなよ」

「……うん」

「大丈夫。俺がリカを守るよ!絶対に尊の庶務にはさせないから!」

「未空…」

「神代会長に勝ちたいんだろう。いいから早く行け」

「っ、……ありがとう!」



未空は兎も角、頼稀は“B2”の幹部だ。
一般人に対する力の使い方も心得ているはず。



「必ず追って来いよ!」



そう言い残して2人に後を任せて裏庭を駆け出した。















「―――良かったの?」

「何が?」

「リカを1人にして。リカを守るのが頼稀の義務なんでしょう?」

「こんな連中にアイツはやられねぇよ。それに万が一アイツが暴走した時お前には見られたくねぇと思ったからな…」

「リカが暴走?え、何それどう言う意味?」

「……いや、何でもない。それよりお前もよくこっちに残ったな?」

「頼稀だけにここを任せるのはちょっと不安だったからね」

「それはこっちの台詞だ。俺の足引っ張んなよ」

「YDK!俺はやれば出来る子なんだよ!」



未空と頼稀は互いに背中合わせになり周囲の敵を観察する。
ふざけた口調とは裏腹に2人の瞳が鋭さを滲ませる。



「藤岡立夏が逃げたぞ!追えー!」



すると追手の1人が動く影を指差して大声を上げる。
そんな大勢の敵を前に彼等は悠然と立ちはだかった。



「はーいストップ。ここから先は有料だぜ」

「どうしてもって言うなら俺達が相手してやるよ」


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