歪んだ月が愛しくて1
『残り30秒を切りました。カウントダウンに入ります』
後ろから足音が聞こえる。
マジかっ!もう追って来たのかよ!
やっぱり足の速さで勝負しなくて正解だったな。
『20秒前』
ああ、もう10秒も経ったのか。クソったれ。
こうなったら絶対に逃げ切ってやる。
そう意気込んだはいいものの捻った足が重い。
心なし呼吸も苦しかった。
ここに来てスタミナ切れかよ。最悪だ。
でも今はそんなこと気にしてる場合じゃない。
足を止めたら負ける。
足が重かろうが、呼吸が苦しかろうが関係ない。負けるわけにはいかない。
「チッ」
すぐ後ろで舌打ちが聞こえた。
さっきよりも近い。
『10秒前』
ダメだ。
このままじゃ、追いつかれる。
早く、早く逃げないと。
『9』
集中しろ。
足を動かすことだけ考えろ。
余計なことは考えるな。
『8』
でもあの声が俺の思考を止めようとする。
気持ち悪いくらい甘美で嗄れた声が俺の耳元で何度も何度も同じ言葉を繰り返す。
耳を塞いでも、目を瞑っていても、その声は俺の脳内にダイレクトに響く。
ああ、気持ち悪い。
『7』
何なんだよ。
誰なんだよ、この声は。
消えろよ。
俺の中から消えてくれよ。
『6』
「あっ!?」
走ってる最中、集中を欠いた俺は木の幹に足を取られた。
いつもならすぐに体制を持ち直すところだが、先程足を捻ってしまったため反対の足で踏ん張ることが出来ず身体が傾いていく。
しかも目の前にはそこそこ広い池が見えた。何でこんなところに池なんてあるんだよと文句を言っても仕方ないが、このまま行くと俺の身体は池の中にドボン間違いなしだった。ああ、もう本当についてない。
『5』
やばっ、落ちる!
『4』
「クソッ」
そんな声が、すぐ後ろで聞こえた。
訪れる衝撃を覚悟して目を瞑ったが、その衝撃は一向に訪れなかった。
代わりに何か温かいものに包まれた。
シトラスの香りが鼻孔を擽る。
「……足元見ろ、ボケ」
……え、
その声にそっと目を開けると。
「捕まえた」
「、」
そこには俺の身体を後ろから抱き込む会長の顔がすぐそこにあった。
『0!ゲーム終了です!』
サラッと、会長の金糸の髪が風に靡いた。
呼吸を忘れるくらいの衝撃に眩暈がした。