歪んだ月が愛しくて1
「あの事件がなければ君が彼等から離れる必要はなかっただろうね」
「………」
俺のことを、俺の過去を、まるで自分のことのように語るアゲハが不思議で仕方なかった。
そんな俺の視線に気付いたアゲハが「何だい?」と言って首を傾げた。
「アゲハは、どこまで知ってんの…?」
俺の何を、どこまで?
「僕には頼稀がいるからね。君のことは君以上に知っているよ」
頼稀も似たようなことを言っていた。
俺のことを俺以上に知っていると豪語する変態……じゃなくてアゲハ。
普通なら気持ち悪いと思うところだがその言葉にどこか安心している自分がいた。
でも、その反面怖いとも思う。
それはきっと俺が彼等の存在に甘えているからだ。
……ダメだな。
「僕はね、君の望みを叶えたいんだ」
「の、ぞみ…?」
その声にゆっくりと顔を上げる。
「何故君が家族や周囲の人間を拒絶し、一度は心を許した仲間から逃げてまで姿を消したのか…。僕はその理由を知っているよ」
「っ、」
ビクッと肩が跳ねる。
―――リツ。
俺の願いは叶わなかった。
どんなに願っても、祈っても。
その時、分かった。
神様なんてこの世に存在しないことを。
―――シロ。
それなのに“望みを叶いたい”なんて…。
そんなの、バカげてる。
―――シロ、さん。
今更だ。
そんなの、もう無理なのに。何もかももう手遅れなのに。
あの日、俺の望みは途絶えた。
俺の目の前でアイツは…っ、
不意にアゲハが俺の肩に触れる。
まるで「安心して」と言われているようで次第に震えが治まって来た。
「君がこれ以上他人を傷付けたくないのであれば僕が君の大切なものを守ろう」
「俺の、大切なもの…」
守る?
俺の、大切なものを?
「因果応報と言うべきかな。君に挑み敗れた者達が君に報復しないとも限らない」
「………」
「過去を清算するのは大変なことだ。きっと君はこれから沢山迷い、悩み、それに苦しむこともあるだろう。しかし君のことだ。例えそれが茨の道であっても君は迷わずその茨に突っ込んで行くのだろうね」
アゲハの言葉はまるで何かを予言するかのようにすんなりと俺の中に入って来た。
「過去…」
アゲハの言葉は正しい。
きっと俺に恨みを抱く奴等は少なくない。寧ろ多いな。
俺を狙えばいい。過去を清算する覚悟は出来ている。
でも俺の大切なものを傷付けると言うなら誰であろうと容赦しない。
『…ごめん、シロ……』
頭に浮かんだヴィジョンにグッと拳を握り締めて唇を堅く結ぶ。
森の蒸し暑さからか薄らと額に汗が伝う。
……抜け出せない。
俺は未だにあの日に囚われたままその場から動けずにいた。