歪んだ月が愛しくて1
◇◇◇◇◇
それからは一瞬だった。
人が飛んだ。
人が地に伏せた。
人が消えた。
その全てがほんの一瞬で終わった。
ドクドクッと心臓が嫌な音を立てる。
何で、なんで…。
何も見えなかった。目で追えなかった。
「な、何なんだよコイツっ!?」
「こんなの聞いてねぇよ!!」
「何者なんだよっ!?」
サラッと、柔らかい黒髪が揺れる。
その動作に一瞬だけ思考が奪われた隙に、少年の目が、燻んだ灰色の瞳が、―――獲物を捕らえた。
「っ、」
ブワッと、身体中の毛穴と言う毛穴から汗が噴き出す。
冷や汗が止まらない。震えが止まらない。
ただ目が合っただけなのにまるで蛇に睨まれた蛙のように動けなかった。
ガチガチと歯が小刻みに音を立てる。
隠せない。誤魔化せない。
自分達はたった1人の少年に恐怖を抱いていた。
こんな華奢でオタクみたいな形の少年に。
先程までの自分達は強者だった。
目の前にいる少年を捕食する側だった。
それなのに、何で、なんで…っ、こんなにも恐ろしいんだ。
「ざ、けんなっ!」
「粋がってんじゃねぇぞ!」
「風魔とセットじゃねぇテメーなんか怖くねぇんだよ!」
「ぶっ殺してやるっ!!」
その単語に少年の目がグニャと歪んだ。
凍てつくように冷たく鋭利で、刃物のような瞳で。
―――知ってる。
俺はこの目を知っている。
前に一度だけこの目を…、この人を見たことがある。
全てを破壊し尽くした後、あの悲惨な現状に感情を無くした冷たい瞳で佇むあの人を…。
同じだ。あの時と全く同じ目だ。
……ダメだ。
この人に逆らっちゃいけない。
この人は…、
―――血に飢えた夜叉だ。