歪んだ月が愛しくて1
九澄先輩に案内された保健室にはX線検査やCT検査など必要最低限の医療設備が整っていた。
それなのに現在は人員不足とかで保健医がいないらしく九澄先輩が事前に手配してくれた神代家お抱えの医師が会長の治療に当たっている。
「あの、会長の腕は…」
会長は制服のワイシャツを脱ぎ上半身裸の状態で怪我をした左腕を先生の前に差し出す。
その腕は真っ赤に腫れ上がり誰が見ても分かるくらい重傷だった。
「これは酷い…」
先生の言葉に絶句する。
「ひ、酷いって…」
それは素人の俺が見たって一目瞭然だった。
骨折はしていると思う。でも先生が酷いって言うくらいだからそれ以上の怪我ってことに………ダメだ。頭ん中が真っ白だ。最悪のことしか考えられない。
「俺のせい、だ…」
俺のせいでまた誰かが不幸になった。
『…ごめん、シロ……』
おれのせいで…、
不意に俺の手に誰かの手が重なる。
その手は俺の手より大きくて、ギュッと俺の手を覆うように強く握った。
「誰がお前のせいだと言った」
それは会長の手だった。
「お前に責任はない。俺は俺の意思でこうなることを選んだ」
この人は何を言っているんだ。
「な、で…」
俺のせいで怪我をしたのは確かなのに、それなのに…、
「だからこれはお前のせいじゃない。分かったか?」
何でそんなことが言えるんだよ。
「何で…っ」
「悪い先生ですね」
言い返そうとした時、タイミング良く九澄先輩が俺の言葉を遮った。
反射的に見上げたその顔には思わず悲鳴を上げてしまいそうな真っ黒い笑みを浮かべていた。
「そんな大袈裟な言い方をして立夏くんを脅かすなんて」
「え?」
途端、俺と先生はキョトンと目を丸くした。
「貴方も医者であるなら患者ないしその関係者に殊更不安を与えないように努めるべきではありませんか?それなのにあえて不安を煽る言い方を選ぶなんて…。いくら注意喚起のためとはいえ言葉が過ぎるのでは?」
注意、喚起…?
「ですが、尊様の怪我は本当に…っ」
「おい」
今度は会長の凄んだ声が先生の言葉を遮った。
しかもその声は何故か機嫌が悪そうでピリピリしていた。……いや、機嫌が悪いのは当然か。
痩せ我慢してるみたいだけどこんな状態で痛みがないわけがない。
「全治」
「……は、」
「骨にヒビが入った程度だろう。どのくらいで治るかって聞いてんだよ」
「そんな、これはヒビ程度ではっ」
「口だけじゃなく手を動かせ」
「、」
ヒィと小さく声を上げる、先生。
すると会長は怪我をしていない方の手で先生の胸倉を掴んで引き寄せるとその耳元で何やら呟いていた………が、聞こえない。
「では僕達は外で待ってますから終わったら声を掛けて下さいね」
「え、でも俺…」
「治療の邪魔になってしまいますから、ね?」
「は、はい…」
「良い子です」
そう言って九澄先輩は項垂れる俺の頭を優しく撫でた。
その瞬間苛立ったような会長の舌打ちが聞こえて来たためこれ以上会長の機嫌を損なわせちゃいけないと思い九澄先輩に続いて急いで保健室を出た。