歪んだ月が愛しくて1
「立夏、お前いい加減に…「尊」
不意に九澄先輩は会長の肩に手を掛けて左右に首を振る。
それだけで会長には九澄先輩の考えが分かったようで、会長は怪訝そうに九澄先輩を睨み付けてその手を振り払った。
「立夏くん、もうこの話はやめませんか。今ここで誰かを責めたところで尊の怪我が完治するわけでもありませんし、立夏くんが責任を感じて自分自身を責めたところで状況は変わりません。まずは一つずつ問題を解決していきましょう」
「……はい」
「立夏くんは素直で良い子ですね」と言って、九澄先輩は俺の頭を撫でながら優しく微笑む。
その傍らで切れ長の黒曜石が俺を捉えて不機嫌そうに舌打ちした。
「で、その問題って?」
「まずは今回の犯人についてですが…」
「犯人?それって恐極じゃないの?」
「勿論恐極は一連の犯人だと思われます。しかし…」
「……何、気になるの?」
「僕が気になるのは侵入者の方です」
「恐極じゃなくて?」
「彼の正体もその魂胆も分かっていますからね。ただ侵入者の方はどうも掴めなくて」
「掴めないって何が…」
てかそっちまで探ってたのか。
この一件、俺が想像していた以上に大事になってんな。
「彼等の素性です。未空達が入手してくれたナンバーからその所有者が判明しましたが、しかしどれも法人名義で侵入者までは辿り着けませんでした」
「恐らく盗難車だろうな」
「足が付き難いからな。しかも法人名義ってことは確信犯じゃん」
「それも恐極の仕業ってこと?」
「確かに彼は一連の主犯格だと思いますが、本当に彼にそのような知恵があるでしょうか」
「知恵?」
「この侵入者は明らかに手慣れてるってことだ」
会長と九澄先輩の言うことには一理ある。
今回の主犯が月じゃないことは俺でも分かる。
でもだからと言って月じゃなければ侵入者の方が主犯だと考えるのは少し安易じゃないだろうか。
月の思考は浅慮で短絡的なものだった。
己の欲に忠実で欲しいもののためならどんな卑怯な手段も厭わない外道。
今回の作戦も実に杜撰で先導者としてはまるでなっていない。あれで若頭と言われても説得力がなさ過ぎる。
でも侵入者は月以上の大馬鹿野郎だった。
仲間がやられてるって言うのに束で掛かれば勝てると思い込んでいるような奴等だ。
そんな奴等が故意に盗難車を使ったり、ましてや法人名義の単車を態々選んだりするだろうか。
そんな大馬鹿野郎共を月が操っていた。あの月が。
考えられる可能性は一つ。
「侵入者を逃したのは痛かったね」
「本当“B2”にはしてやられましたよ」
もしかしたら奴等の他に誰かが動いているのかもしれない。
月よりも知恵を持った、黒い影が。