歪んだ月が愛しくて1
バタバタと足音を立てて廊下を走る。
焦る気持ちだけが先走る。
でもいくら校内を走り回っても九澄先輩の姿はどこにもなかった。
「私用で出る」と言っていたからもう敷地内にはいないかもしれない。
「ここにもいないか…」
中央棟から北棟へ行き、北棟から中庭に掛けて捜してみたがやっぱり九澄先輩は見つからなかった。
途中「誰か捜されているんですか」と庭師に声を掛けられたが曖昧に答えて頭を下げた。
「はぁ…」
ベンチに座って息を整える。
先程まで庭師が手入れしていた薔薇のアーチに目が留まった。
(特殊、か…)
以前紀田先生も言っていた。
聖学は“特殊”で、覇王は“学園の頂点”だと。
覇王のやることなすことに一切口を挟まない教師。
覇王に逆らうことを悪と見做す生徒。
その仕組みは未だに分からないが聖学が普通の学校じゃないと言うことだけは分かる。
「九澄先輩…」
Vuu…
小さな振動音を響かせながら制服のポケットの中でスマートフォンが震えている。
ディスプレイに表示された「神代尊」の名前に生徒会室を飛び出して来たことを思い出した。
「……はい」
『アイツは見つかったか?』
「いえ…」
『なら一度戻って来い。アイツと話したければまた明日出直せ』
「………」
『立夏…?』
「……何でもない。戻ります」
電話を切ってスマートフォンをポケットの中に戻す。
でも彼等が待つ生徒会室に戻る気にはなれなかった。
「戻れねぇよ…」
戻ったところで俺にはどうすることも出来ない。
彼等の空気を元に戻すことも、九澄先輩に与えてしまった重圧も。
結局俺はあの日から何一つ成長していない。
自分が不甲斐ないってことは自分が一番分かっている。でもどうすればいいのか分からなかった。
人間関係は難しい。
今までならそんなこと考えもしなかったのにここに来てそれを実感することになるなんて…、そう言う意味では少しは聖学に来た意味があったのかもしれない。
サラ、サラと。
心地良い風が髪を揺らす。
木々の隙間から漏れる木漏れ日が九澄先輩が纏う空気によく似ていた。