歪んだ月が愛しくて1
「そう言うわけだからコイツは貰ってくぞ」
そう言って俺の手を引く頼稀を男達が制止する。
「ふざけんな!そいつは俺等の獲物だ!」
「そう簡単に渡すかよ!」
誰が獲物だ。
「ま、そうなるわな。どうする隊長?」
「もう一発俺の必殺技お見舞いしちゃう?」
「あれ必殺技だったんだ…」
「渾身のね!」
不意に未空が沈めた男が壁に手を付きながら立ち上がった。
「待て」
「我孫子さん!だ、大丈夫ッスか!?」
「ああ、問題ねぇよ」
「我孫子さん、何で止めるんですか!?」
「我孫子さんに手上げたんッスよ!このままやられっ放しなんて面子が立ちませんよ!」
「落ち着け。このチビ…、どっかで見たことあると思ったらあの仙堂未空だ」
「仙堂?」
「せ、仙堂って…、まさかあのっ!?」
あの?
「やべぇぞ!もしバレたらっ!」
「殺される!」
未空を“仙堂”と認識した男達は怯えた様子で慌ててトイレから逃げ出した。しかも床で伸びてる仲間を置き去りにして。
結局人間なんて我が身が一番可愛い生き物だから当然の行動かもしれないが…。
(気に入らねぇな…)
「あーあ、行っちまったな」
でも、この男だけは違った。
男は床で伸びてる仲間を見て「せめてコイツ等も連れて帰れよ」と暢気に不満を漏らしていた。
「アンタは逃げないの?」
未空の声が冷たい。
俺に「帰ろう」と言ってくれた声とはまるで違う。
「へぇ…」
俺が唾を吐いた男は卑しい口元を歪めながら未空の前に立ち塞がる。
「その様子だと、あの噂は本当みたいだな」
「………」
噂?
「精々優秀な生徒会長様に感謝すんだな」
そう言い残して男はゲラゲラと下品な高笑いを上げながらトイレから出て行った。
「俺達も戻るぞ」
「あ、うん。でも…」
「どうした?」
「いや、未空が…」
俺と頼稀の視線の先には俯く未空の姿がある。
初対面の俺よりも遥かに付き合いの長い頼稀なら何か知っているんじゃないかと思い声を掛けたのだが、以外にも頼稀の回答は曖昧なものだった。
「気にすんな。あれは一種の病気だ」
「病気?」
「……何れ分かる」
頼稀は未空から視線を逸らして興味なさげにそうに言うと俺の腕を引いてトイレを出た。
でも何だかんだ言って頼稀も未空のことが心配らしい。
その証拠に俺達の後ろからのそのそと着いて来る未空の姿を何度も確認していた。