歪んだ月が愛しくて1
「よし、じゃあ手を上げたままこっちに来い」
「は、はい…」
スキンヘッド男に言われるがまま両手を上げてゆっくりと近付く。
「テメーはもう用なしだ」
「、」
スキンヘッド男は人質だった西川くんを地面に突き飛ばし手に持っていたナイフを向けた。
「テメーは理事長をここに呼んで来い!今すぐにだ!」
「ヒィッ!!」
そう言ってスキンヘッド男は西川くんに凄みながら俺に向けて手を伸ばした。
西川くんがスキンヘッド男から離れたことを確認した後、俺は更にスキンヘッド男に近付く。
「とっとと来い!」
スキンヘッド男は苛立った様子で俺の手首を掴むと、自身の胸の中に俺の身体を引き寄せた。
すると反対の手で俺の腰に触れて厭らしく撫で回した。
「へぇ…、よく見ると綺麗な顔してるじゃねぇか」
綺麗な顔?俺が?
コイツ目見えてんのか?
予想してた反応と違うんだが…、まあいいか。
スキンヘッド男が無遠慮に顔を近付ける。
その後ろでは眉間に皺を寄せる頼稀がばっちり見えた。
(ハ・ウ・ス)
言葉が出せない代わりに目で訴えると、頼稀は従順な犬のようにグッと堪えた。
よく飼い慣らされてることで。
(どっかの野良犬とは大違いだな…)
ああ、何でこんな時にあのバカのこと思い出しちゃったんだろう。
感傷に浸るなんて俺らしくないのに、もう何もかも手遅れなのに。
会いたい、なんて口が裂けても言えない。
言えるわけがない。
そんなどうにもならない感情が思考を巡る。
しかし次の瞬間、俺の思考は一気に現実世界へと引き戻された。
「決めた。テメーを俺の女にしてやる」
……………は?
女?
え、どゆこと?
「どうだ、嬉しいだろう?」
「う、れし…」
んなわけあるかぁぁあああ!!
誰がテメーの女だ!ふざけんな!
気持ち悪ぃんだよクソが!
「マジで綺麗な顔してんなお前。顔だけなら恐極以上だな。テメーなら余裕で抱けるわ」
グイッと、腰と腰が密着する。
スキンヘッド男は俺の髪を掴むと強引に後ろに引っ張り無防備な喉元をぬるりと舐めた。
「理事長が来るまで味見してやるよ」
「、」
急激に込み上げて来たのは吐き気だった。
「出た、男色のエロ川」
「那須川さん物好き~」
「バーカ。コイツは上物だぜ」
「おっ、確かに。月ちゃんも美人だったけどコイツも中々じゃん」
「あれ?でもコイツどっかで…」
男達が俺の顔を覗き込むように見入る中、その内の1人がドサッと音を立てて地面に崩れ落ちた。
「な、何だっ!?」
「……タイムオーバーだ」
「いくら僕でもこれ以上は見過ごせないよ」
痺れを切らしたアゲハと頼稀が動き出した。
2人は最小限の手数で男達を再起不能にしていく。
ただギャラリーがいるためか控えめに立ち回っているのが分かった。
(まあ、相手は4人だから楽勝だな)
気付けばスキンヘッド男の傍には誰も立っていなかった。
「だ、誰だ!?何者なんだテメー等!?」
「―――誰?」
俺の小さな呟きにスキンヘッド男が眉を寄せる。
腕の中に閉じ込めた俺の顔を覗き込むようにスキンヘッド男の顔が無遠慮に近付いて来る。
「臭ぇんだよ、下種が」
氷のように冷たい地を這う声。
と同時にスキンヘッド男に頭突きをかます。
突然の衝撃にスキンヘッド男はよろよろと俺から離れて声にならない悲鳴を上げて地面に蹲る。
「僕のこと忘れちゃったんですかぁ〜?」
そう言って前髪を直しながら白樺を手招きして呼び寄せると預けていた眼鏡を掛けてスキンヘッド男を見下ろした。
「この前は随分と世話になったな」
「お、お前はっ!?」
スキンヘッド男は右手で頭を押さえながら左手で俺を指差して恐怖に顔を歪めた。
俺の名前を口にするのも恐ろしいのか、スキンヘッド男はそれ以上何も言わずただただ身体を震わせて恐怖にもがいていた。情けない。
それで凶器を使って乗り込んで来るなんて大した度胸だ。……いや、ただのバカか。