歪んだ月が愛しくて1
「……心配だって、言ったじゃん」
ぶすっと、未空は不機嫌そうに口元を窄める。
「言われた、けど…」
「けどじゃない」
「お前は自分が怪我したらどうするつもりだった?今回は偶々無傷だったかもしれないが相手は凶器を持ってたんだぞ」
「………」
自分が怪我した時のことなんて考えてなかった。
これまでも考えたことなかったかも……いや、正確に言えば怪我したって別にいいと思っていた。怪我したとしてもそれは自分が弱いせいだし、怪我しなかったらしないでラッキーで終わってた。
でも、それは俺の場合であって。
「もしも怪我だけじゃ済まなかったら」
もし彼等の内の誰かが怪我をしたら。
もし怪我をするかもしれない状況だったら。
「お前にもし何かあったら…。そう考えた時の俺等の気持ちが分かるか?」
もし俺が皆の立場だったら。
「頼むから、もっと自分のことを大切にしろ」
辛いと思う。
何も知らずに何も出来ずに自分だけ安全なところにいることが情けなくて、ただ心配してるだけなのにその気持ちが相手に伝わらないことがもどかしくて怒っているような態度を見せてしまうかもしれない。正に今の会長のような。
「リカは無関係の人を巻き込んだって言うけど頼稀もアゲハも関係ないよ。正直人質にされた奴のことだってどうでもいい」
それは人としてどうかと思うけど…、とは間違っても言えなかった。
「そう思うくらいリカのことが心配なんだよ」
「未空…」
そんな顔されたら何も言えないよ。
「最低なこと言ってる自覚はあるけどごめん。でもそれが俺の本心だから」
……ああ、どうしよう。
そんな風に言われたら期待してしまう。
「リカにはちゃんと分かって欲しいから…」
ダメなのに。違うって分かってるのに。
どうしようもなく自惚れてしまう。
「俺達の気持ちを」
どうしようもなく嬉しいと思ってしまう。
俺はここにいてもいいんだと、こんな俺でも心配してくれる人がいるんだと錯覚してしまう。
でも、
「………ダメ、だ」
ダメなんだよ。
もう何も言わないで。
それ以上は聞きたくない。
きっと、これは勘違いだから。
―――可哀想に。
頭の中で俺を嘲笑う声が聞こえる。
俺が何かに希望を見出す度にその声は俺から大切なものを奪っていく。
奪われている自覚はあるのにその声が頭の中で聞こえる度に身体から力が抜けて背筋に冷たいものが伝って抗うことなんて出来なかった。そんなことする気する起きなかった。
今だって俺はその声に抗うことが出来ずダメだダメだと否定するだけで何も出来なかった。
「……何がダメなの?」
抗えない。
だから俺はいつも諦めて来た。
でもそれもしんどくて初めから何も期待しなければ何も諦めずに済むと思ったのに。
「そんな風に言うなよ」
そんなはずない。
だって有り得ない。
そう言って何度も何度も自分に言い聞かせてるのにその度に期待してしまう。
「俺の、こと…大切だって、言われてるみたいで…」
拒絶しきれない自分にどうしようもなく嫌気が差す。
そうであって欲しいとあざとい自分が顔を出す。
抗うこともせずに諦めて、諦めたくもないから期待しないようにして、そんな自分が俺は昔から大嫌いだった。
「……スゲー、嫌だ」
消えてしまえたらどんなに楽か…。
あの声が届かないところだったらどこでもいい。
天国でも地獄でもどこでもいいから早く俺を解放し、
「バカか」
俺の思考を一瞬で遮る低音が何故かその言葉とは裏腹に優しい声に聞こえた。
……苦手だったのに。
俺が必死で隠しているものを最も簡単に見透かすようなその声も、その目も。
「端っからそう言ってる」
「、」
いつからだろう。
その声に、その目に全てを曝け出してしまいたいと思うようになったのは。
「立夏くん、気付いてなかったんですか?僕は最初から立夏くんのこと大切にしてたんですよ」
「リカにはおれの…「りっちゃんには俺の愛情が伝わってなかったのかねぇ」
「それ俺の台詞っ!」
九澄先輩も、未空も、陽嗣先輩も。
良くも悪くも彼等の存在は日に日に俺の中で無視出来ないものへと変化している。
「俺等がどうでもいい奴を手元に置くかよ」
……もう、やめてくれ。
だってこんなの、まるで夢みたいじゃないか。
どうせいつかは醒めてしまう夢なのに。