歪んだ月が愛しくて1



九澄先輩の右手を自分の額に押し当てる。



「こんな俺じゃ頼りないかもしれないけど、それでも頼って欲しいんです」

「立夏くん…」



これは祈りだ。

神様なんて信じてないのにこんな時ばっか神頼み。



「じゃないと、九澄先輩が潰れちゃうよ」



都合良過ぎて笑える。



「俺じゃダメなら九澄先輩には会長も未空も陽嗣先輩もいるんだから…」



でも伝わって欲しい。



「九澄先輩は独りじゃないよ」

「っ、」



その目を見てちゃんと言えないけど、届いて欲しい。



もうあんな顔はさせたくない。

あんな悲しげな色はもう見たくない。



『…ごめん、シロ……』



もう二度と。



「……二度目、です」



その声に九澄先輩の右手を額から離した。
  


「“独りじゃない”と…、僕に言ってくれたのは立夏くんで2人目です」



そう言った彼の表情は複雑なものだった。
でも決して無表情と言うわけではい。
様々な感情が織り交ざりいつもの笑顔を取り繕うことが出来ないみたいだ。
無知な俺には九澄先輩が何を考えてるのかまでは分からないけど、一つだけ確かなことがある。
分厚いレンズの向こうにある紫暗の瞳にはもう悲しい色はなかった。
それどころか何だか吹っ切れたように清々しくも見えた。



不意に腕を取られた。
九澄先輩は俺の手首を掴んで自身の元に引き寄せる。



「く、ずみ…っ」



当然俺の身体は九澄先輩の腕の中にすっぽりと納まった。



「……少しだけ」



ギュッと、九澄先輩は俺の手首を力強く握ったまま俺の肩に頭を預けた。



「もう少しだけ、このまま…」



か細い声が鼓膜を震わす。
この時、制服の肩口に一滴の雫が落ちたことに気付いていながらも俺は何も言えなかった。



「………」



九澄先輩の心の澱。
目に見えないそれはどうにも厄介で簡単には払拭出来ない。ましてや俺なんかには正確に理解することも出来ないし、どうにかしてあげることも出来ない。
でも「頼って欲しい」と言った言葉に嘘はない。
この時、この一瞬だけでも彼の心の負担が軽くなるのなら肩でも腕でも差し出してあげたいと思った。



俺に出来ることはきっとそれだけ。

それしか出来ないから…。


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